● 切原家の場合  ●

 毎年この時期は、バカな弟のせいで大変だ。
 この時期?
 そう、クリスマスの時期。
 ひとつ下の弟、赤也はもう中二なんだけど、実はいまだにサンタクロースを信じてる。
 たいていの家と同じように、うちも小さいころから両親がサンタの役を担ってプレゼントをくれていたわけだけど、普通さ、小学校も半ばくらいの年齢になったら気づくじゃん。
 サンタは自分ちの親だって。
 けどうちの赤也は、生意気なくせに妙なとこで素直というかやっぱりバカなのか、小学校高学年になってもサンタの存在を疑う気配がなくて、そして中学に上がっても相変わらずなのだ。
 私なんて小二の頃から気づいてたから、それからは両親と一緒にどうやって赤也に気づかれずにこの行事をこなすか、頭を捻ってたくらい。
 つーか、下手に姉の私が援護射撃をするからリアリティが出てしまって、赤也がこんなにも信じ続けてしまったのかもしれないけど。
 どっちにしても、赤也が自分から気づくまでこっちも引っ込みがつかないから、今年も家のクリスマスは全力だ。

 ところでサンタの設定ってさ、小さい頃友達と話してると結構家庭によって設定が違うよね。それぞれの親の事情というか、親が考えるストーリー設定というか。
 ある友達は、親がサンタとの連絡係で、親に欲しいものを言うと親がサンタと交渉するっていう設定(だから、交渉がうまくいかない、というシチュもあったらしい)。
 ある友達は、サンタは忙しいからリクエストはきかず、与えられたものを甘んじて受け取れ、という設定。
 そして、それらの品々が寝ている間に枕元に置かれるという。
 
 ちなみに家の設定は、欲しいものをクリスマスまでになんとなく口にしていると口コミで親が察してそれを贈ってくれるという感じ。サンタって察しいいんだなーって感心してたっけ。
 尚、家ではプレゼント贈与の演出だけがちょっと周りの友人たちとは違った。
 ウチでは、家でクリスマスパーティをしている間にサンタがベランダからやってきてベランダにプレゼントを置いてくれるという設定だ。
 つまり、家にソリを横付けでドライブスルー的なイメージ。
 ケーキやチキンを食べて盛り上がってるところ、父親が「煙草吸ってくるわ」なんて言いながら中座して、その隙にベランダにプレゼントを置きに行くという作戦だ。
 が、いくらバカな赤也でも、年々「親父、普段飯の最中に煙草なんて行儀悪いとか言ってんのにオカシーよな」なんて言い出すようになったから、ここ数年ではプレゼントを置きに行くミッションは父親と母親と私とがローテーションでやってる。
 そして、今年はそのミッションが私の役なのだ。

「ケーキおいしーねー」
 家での代わり映えしないパーティではあるが、料理はいつもよりご馳走だからやっぱり嬉しい。
 が、私は気のないそぶりで携帯でメールなんかを見ながらケーキを食べる。
「姉貴! クリスマスだってのに態度わりーんじゃねーの? サンタさんが来なかったらどーすんだよ!」
 イチゴをほおばりながら赤也が怒鳴る。
「うっさいなー。なんだかんだ言って毎年来てるじゃん。サンタは懐深いんだから、ちょっとやそっとのことでヘソ曲げりしないよ。アンタみたいなちっさい男と違うんだって」
「なんだと、このババア!」
「あー、そんなこと言っていいわけー? 今回サンタ来なかったらアンタのせいじゃないの? 私はちょっと携帯いじってただけじゃん。暴言は吐いてないよねー」
 いつものような私たちの言い合いを、母親がまあまあと言ってグラスにシャンメリーをついでくれる。
 普段ならこの程度じゃおさまらない赤也も、今日ばかりはおとなしくなる。
「……そろそろ来てっかな。俺、ちょっとベランダ見てくるわ。一回くらい、来るとこ見てみたいんだよなあ。俺、こんなに大きくなりましたって挨拶してーじゃん」
 赤也はそんな事を言って、シャンメリーの気が抜けるのも気にせず二階に駆け上がって行った。
 ばーか。まだ来てないっつの。
 我が家の設定が、パーティ中にベランダでっていう理由、わかるような気がする。
 きっと両親は、寝てる間に枕元っていう設定だと、この好奇心満々の赤也は絶対ちゃんと寝付かない、もしくは寝たふりして現場を押さえようとすると考えたんだろう。
 少々面倒くさいが、このやり方の方が万全だ。
 いや、だからこそバカの赤也がこの歳まで信じてきちゃったわけだけど。
 トントンと静かな足音がして、がっかりした顔の赤也が階段を下りてくる。
「まだだったよ」
「ふーん」
 私は興味ないといった風に携帯をいじり続ける。
「なんだよ姉貴、もしサンタが事故にでもあってたらって心配じゃないのかよ!」
「だからアンタうるさいんだって、もー! 空飛ぶトナカイに乗ってるサンタが簡単に事故るワケないでしょ! 私、彼とメリクリのメールしてるところなんだから邪魔しないでよ!」
 またもや言い合いが勃発しそうな時、私の携帯が鳴った。
「あっ、彼から電話! ちょっと充電してくる!」
 私は電話を耳に当てて、もしもし? なんて言いながら二階に駆け上がった。
 実は、今年はこれが作戦だ。
 パーティ中、なんだかやる気がなく携帯をいじってばかりの姉、電話がかかってきて自室に閉じこもる。
 まさか、そんな姉がサンタだとは赤也も思いもするまい。
 当然、私には彼なんていもしないし、メールしてたのもウソ、さっきの呼び出し音もアラームをかけてたのだ。
 私はわざとらしくしゃべりながら、それでも足音はしのばせて、親に預かってる私と赤也の分のプレゼントをベランダに置いた。
 カードを添えて。
 というのは、赤也は年々ねだるプレゼントのグレードが上がってきて(ゲーム機とか)、その割にぜんぜんいい子じゃないから、私も親にクレームをつけたのだ。だって、ずるいじゃん。ぜんぜんいい子じゃないのに、希望通りのプレゼントもらってさ。
 だから今年からは条件付きというか、『両親や姉の言うことをきちんと聞くように』というサンタからの説教文句を記したカードを添えることに決まったのだ。
 尚、カードの内容は英語である。
 まず、外資系の会社に勤める父が得意の英語で書いたのだが、あまりに堅苦しくかつ難しい内容で、これでは赤也が解読できなくて意味がないということで、私がクラスの英語の得意な友達と一緒に苦労して書いてきた。
 赤也の分のプレゼントのリボンにそのカードを添えた。
 その時、冷たい風が吹く。
 その風が、リボンにはさんだカードをするりとさらってしまう。
「あっ!」
 私はあわててベランダに出てそのカードを追う。
 カードはふわふわと一階部分のひさしになっている屋根に落ちてまった。
「あーもう、くそー」
 私は携帯をポケットに仕舞い、ベランダの柵を乗り越え屋根に出た。
「やれやれ」
 カードをつかんだその瞬間。
 ルームソックスをはいていた私の足はつるりとすべり、思い切り尻もち。
 そして、当然屋根を滑り落ちていく。
 やばい!
 なんとかといの部分につかまり、地面に墜落することは避けられた。
 が、本当の危機はそんなことじゃない。
『かーさん、上からすげー音がしたけど、サンタがベランダから落ちたんじゃねえ!?』
 赤也の声だ!
 私は下を見てから、手を放し庭に着地をした。
 柚子の枝に引っかかっていたカードをつかむと、あわてて庭を走り出る。
 案の定玄関の開く音。
 赤也が出てきていた。
 幸い暗闇で、私の姿はすぐには見つからないだろう。
 私は全力で走る。
 なんたって陸上部だからね。
 しかし赤也もテニス部の二年生エースだ。追いつかれてしまう可能性もある。
 やばい、私がサンタの回で赤也にバレるなんて、末代までの恥!
 というか、私のミスで赤也がサンタの真実に気づくなんて、さすがに姉としても悲しい。
 とにかくカードをつかんだままで走り続ける。
 と、公園の近くで人とぶつかった。
「あ、すいません、それじゃ!」
 丁寧にあやまってる時間はない。
「切原じゃないか、どうした」
 聞き覚えのある声だった。
 見上げると、それは生徒会で一緒の柳蓮二。
 ジャージ姿で、トレーニング中の様子だ。
「あっ、柳くんか、ちょっと緊急事態なの」
 急いで走り去ろうとして、はっと気づく。そういえばこの子、赤也の先輩だっけ。
「柳くん、お願い! 赤也をごまかして!」
 とっさに私はそれだけを言うと、公園の茂みに飛び込んだ。
 そのほんの少し後。
 角を曲がって来た赤也の声。
「あっ、柳先輩!」
「ああ赤也、どうした。トレーニングか?」
「いや、あの、手負いのサンタを見ませんでした?」
 うわー。
 わが弟ながら、なんという頭の悪そうな発言。
 そういえば私、柳くんに何も説明しなかった! やばいな、これは!
「うん? 怪我をしたサンタか?」
 けど、柳くんは穏やかに返事をする。
「そっス。多分、ウチにプレゼントを配る時、ベランダから落ちたんじゃないかと思うんスけど、心配で……」
 赤也は真剣な声で続ける。
「そうか、それは心配だな。が、それらしいサンタは見なかったな」
「そうスか。どこ行ったのかな……」
 赤也は心配そうに空を見上げる。
「サンタはああ見えてかなり機敏らしいし、相棒のトナカイも切れ者と聞く。お前が心配することはないと思うぞ」
「そう思いますか?」
 柳くんの言葉に、赤也の声がちょっと明るくなった。
「ああ。だからお前がこうしてうろうろ歩き回っていることの方が、サンタにとっては心配でかえって迷惑をかけるだろう。トレーニングをしているというのでなければ、家へ帰れ」
「……そっスよね。わかりました!」
 なによ、赤也って部の先輩相手だとめっちゃ素直じゃん。ムカつくなー。
 ま、助かったけど。
 そんなことを考えてたら、ガサガサと茂みをかきわける音。
「赤也は行ったぞ。手負いのサンタ」
 そして私を見て笑う。
 私は立ち上がって、体についた枯葉を払った。
「ありがと」
「いろいろ大変だな」
 彼は表情も変えずに言う。
「まーね」
 私は苦笑いをするしかない。
「お前も早く戻らなければならないのだろう? 送って行こう」
 彼はそう言うと、私の家の方へ歩き始めた。
「あ、そう? どーもありがと」
 柳くんはこういうとこ、さらりと紳士的なんだよね。オットナーって感じ。
 私は歩きながら母親に電話して事情を説明し、私が戻るまで赤也をごまかしといてと段取りを組んだ。あと、庭にこっそり脚立出しといてと。
「去年、赤也が嬉しそうに話していたんだ。サンタはほんとにすごいって」
 柳くんは思い出し笑いをする。
 彼がこんな風に笑うことが、少し以外だった。
「舞台裏にはこういった苦労があったわけか」
「……まったくよ」
 私がため息をつくと、彼はまたおかしそうに笑う。
 家の前まで来て、私は自分の手に握り締められているものに気づいた。
「あっ、そうだ、柳くん」
 少し迷ってから彼を見る。
「お願いがあるんだけど」
「うん? 何だ?」
「これ、さ」
 カードを差し出す。
「その辺で拾ったんだけどっていう設定で、家に届けてくれない? サンタから赤也へのカードなんだけど」
 彼はその『Akaya Kirihara』と書かれたカードを受け取る。
「……ああ、構わない」
 穏やかな笑みを浮かべる。
「よっしゃ、じゃ、どうもありがとね! 私、戻るから!」
 そうっと門を開けると脚立を立てて、屋根伝いにベランダへ上がりかける。
 同時に柳くんがベルを鳴らしてくれた。
 この物音でごまかせるだろう。
 無事、ベランダから部屋に戻り、汚れたソックスをこっそり取り替えて体に葉っぱがついてないか確認して、そしてまた携帯をいじりながら階段を下りかけると、ものすごい勢いの赤也が上がってくる。
 私のことなんて無視してベランダにダッシュ。
「やった! やっぱりサンタ来てた! あれはやっぱりサンタだったんだぜ?」
 奴は勝ち誇ったように私を見る。
「さっき、そこで会った柳先輩がこれ拾ったって届けてくれたんだ」
 自慢げにあのカードを私の鼻先につきつける。
 そしてプレゼントを抱えて、階下に駆け下りた。
「姉貴、二階にいたのにサンタ来たの気づかなかったのかよ?」
「だって、自分の部屋で携帯充電しなから電話してたもん」
「バッカじゃねーの?」
 くそ、こいつ、ほんとムカつく。
 そのカードの中身をちゃんと解読して、言動を改めろっつの!
 ふと、私の携帯が鳴った。
 もうアラームは設定してないから、私はちょっとびっくりして通話ボタンを押す。
「無事、戻れたか?」
 柳くんだった。
「あっ、うん」
 私はちょっと驚いて、もごもごと返事をした。
 そういえば、生徒会の役員同士、番号は交換してたんだっけ。
「脚立は片付けておいたからな」
「あ、ありがと!」
 気づかなかった! あわててお礼を言うと、彼は電話の向こうで軽く笑ったような気がした。
「じゃあな。メリークリスマス」
 彼にそんな言葉は不似合いだけど、それでもなんだか妙にあったかかった。
「うん、メリークリスマス」
 電話はそれだけで切れた。
「なんだよ、姉貴、電話なんかしてねーでプレゼント開けろよ!」
「うっさいなー、彼との電話の方がサンタより大事なの!」
 彼ってのはウソだけどね。
 ウソだけど、いいじゃん。
 クリスマスだしね。

(了)

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