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● チャームポイント  ●

 夏が始まろうとするこの季節、ぶらぶらと歩いてたら気持ちいいんだろうけど、私は自分の意に反して走っていた。学校が終わって帰宅の準備をしてたんだけど、友達といつまでもおしゃべりしてたら、私が乗るバスの時間ぎりぎりになってしまったのだ。テスト週間だってのに、ついつい話が盛り上がっちゃって!
 やだ、あのバス逃したら、まただいぶ待たないといけないからな……。
 バス停が見えてきた時にはもうバスが停まってて、私が滑り込む頃に、なんとか最後の乗客が乗り込むところ、はぁーギリギリセーフ! バッグから財布を取り出して、定期を……と思うけど。
 ない!
 私は、バッグの外ポケットやあちこちをあわてて探った。バスの運転手さんが、『乗るの、乗らないの』と無言で催促しているのを感じる。
 そういえば、今朝はお母さんに車で送ってもらったんだ。財布も定期も、家に置いてきたままじゃなかったっけ? サイアク!!
 運転手さんや乗客の視線を感じながら、焦りまくる。
 けど、ないものは仕方ない。
 すいません、乗りません、というつもりで頭を下げようとした瞬間。

「使えよ」

 私の前に、200円をのっけた掌がひょい現れた。
 その、細くて長い指の掌の持ち主は、ああ、知ってる。
 2年生になってから同じクラスになった、神尾アキラだ。
 知ってるどころか、隣の席!

「あ……神尾?」

 彼は私にチャリンと200円を渡すと、そのまま走り去る。
 とりいそぎ、私はその200円を使ってバスに乗るの。
 ステップから上がって、プシューとドアが閉まり、ゆっくりバスが出る。
 バスは、走る神尾を追い抜いた。
 神尾は、楽しそうに軽やかに走り続ける。


「おはよ、昨日はありがと!」
 翌日、学校に行くと、私より先に登校してきている神尾に真っ先に声をかけた。
 私が席につくと同時にイヤホンを外した神尾は、にやっと笑う。
「ああ、別にかまわねーよ」
 私から受け取った200円を、無造作にポケットにしまった。
「どうして私がバス代ないってわかったの?」
 私が尋ねると、くくくと笑う。
「ばーか、バス乗り場で鞄ガサガサして、あせった顔してたら誰だってわかるだろ」
「私、そんなにあせってた?」
「すげーあせってて、笑えた」
 彼はこくこくと頷いて笑う。
「笑わないでよ、マジあせってたんだから!」
 言いながら、私は神尾を見て、ちょっと意外だなーと思った。
 なんか、神尾ってもうちょっと話しにくいかなと思ってたから。

 その事があってから、私は神尾とよく話をするようになった。
 話してみると、神尾はすっごく話が面白くて、話題が豊富で、結構気がまわるヤツなんだなあっていうことに気づいて、これまた意外。
 うちの学校ってさ。
 ま、とにかくフツーなんだ。
 勉強も部活も、しゃれっ気も。
 で、神尾がテニス部だって事は知ってたんだけど、テニス部はちょっと目立つの。
 3年生の有名人・橘先輩がそれまでのテニス部とは別に新設して、それでかなり強くなっちゃってるっていう(新テニス部を作った時のトラブルももはや伝説だけど)。神尾もその新テニス部の一人で、レギュラー選手。
 って具合で、神尾自体も結構有名なんだよね。
 けど、そういうの、私はちょっと苦手。
 だって、うちの学校でそんな熱血に部活やってるって、ちょっと浮く。
 ま、私がそういうのあんまり好きじゃないってだけかもしれないけど。
 つまり、神尾と隣の席になって、「あー、熱血テニス部くんかー」と思って、しかも神尾はいつもイヤホンで音楽聴いてるから、話しかける気にならなかった。神尾は、よく見ると整った顔をしてるんだけど、ちょっとマニアックな髪型をしてて(前髪長いのに、後ろが刈りあがってるんだよ?)。クラスの男子とは、いっつも楽しそうにお調子ものっぽくワイワイとはやってるんだけど、どこかで「俺は、ちょっと違うぜ」って思ってそうな気がしてたから。
 けど、この前、200円貸してくれたからっていうんじゃないけど。
 最近、神尾のいいところ、発見した。
 神尾はいつもイヤホンで音楽聴いてるけど、クラスメイトがそばに近づいて話しかけようとすると、話しかけるよりも前にちゃんとイヤホンを外すの。だから、神尾に話しかけても音楽聴いてるから気づかない、ってことがまずない。
 神尾は、音楽を聴いてひとりになりたいっていうんじゃなくて、ちゃんと周りに気を配ってる。

「神尾ってさー、いつもそうやってどんな音楽聴いてんの?」
「今、聴いてたのはヨーロピアンテクノ」

「神尾って、どうしてバス乗らないの?」
「走る方が気持ちいーじゃねーか」

「神尾って、どうしてそんなにテニス部に一生懸命なの?」
「テニス、楽しいじゃねーか! それに、橘さんがだなっ(以下、えんえんと橘先輩の話が続く)」

 という感じで、神尾は隣の席の私のくだらない質問にも、いっつも結構ちゃんと答えてくれるんだ。で、なんで私がいちいち神尾にそんな質問をいろいろしちゃうかというと。
 隣の席で、神尾がいてね、「あー、何か神尾に話しかけようかな」と思うと、そう思っただけで、神尾はイヤホンを外してくれるのだ。なんだかそれが、いつも嬉しくて。
 なんで話しかけようとしてたって分かるのよ、と一度聞いてみたら、
「なんか、こっち見てんなって気配すんだよ」
 と、なんでもないように言う。
 へー、テニスプレイヤーだからかな。するどーい。
 ぜんぜんそんなタイプに見えないのに、さらっと人のこと気遣って、見た目の印象どおり、確かに神尾はちょっと他の男子とは違うな。うん、いい意味で。

 と、私の中で神尾株が上昇している時、とある光景を目にしたのは、すっかり夏服になった頃。
 2時間目の休みの時、トイレに行こうと廊下を歩いてると、神尾が女の子と話してたわけ。
「今日は火曜日だけど、山のトレーニングじゃなくて、コート整備するんだって」
 女の子はハキハキと明るい声で神尾に話す。
 彼女は、ああ、知ってる。女テニの子で、3年生の有名人・橘先輩の妹の、橘杏ちゃんだ。話したことはないけど。
「あっ、うん、わかった!」
 神尾は彼女の前で、少し裏返った声で答える。
「みんなにも伝えといてって、お兄ちゃんが。おねがいねー」
 神尾はまだ何か話したそうだったけど、橘杏ちゃんはそのまま手を振ってさっさと自分のクラスの方へ戻る。神尾は、その後ろ姿を見つめたまま。まるで、大好きな飼い主においていかれるワンコみたい。

 神尾って、こんなに分かりやすかったんだ。
 神尾について、また新たな発見。

 その日の昼休み、私はいつものように神尾に話しかける。
 イヤホンを外してくれる神尾に、私はいつもよりぐっと身を乗り出した。
「神尾ってさ、あの橘さんが好きなの? つきあってんの?」
 私がそう尋ねた時の神尾のリアクションは、私のこれまでの神尾のイメージを覆すものだった。
 彼は目を丸くするとガタン、と立ち上がり、私の腕をつかんで廊下に引っ張り出すのだ。
「え? え?」
 私が戸惑っていると、神尾は廊下で深呼吸をして、ぎりっと私を睨んだ。
「き、教室であんなコト言うんじゃねーよ! 、お前……なんで、俺が杏ちゃんにって……思うんだよ……!」
「え? だって、今日、廊下で二人が話してるの見たから……」
「あっ、あれは、部活の連絡事項を話してただけじゃねーか!」
 ひどくムキになる神尾は、バス停でクールに200円を渡してくれた彼とは別人みたいだった。
 神尾って、もしかして。
 自分の恋がバレバレだっていうことを、ぜんぜんわかってないの?
 普段、あんなに鋭くてめざとい神尾なのに?
 私が返答に困ってると、彼はどうやら言い訳がきかないということに気づいた様子。
「……ちっ……」
 長い前髪をかき回して、一瞬困った顔。
、お前……誰にも言うなよ。つきあってるとか、そんなんじゃねーし、杏ちゃんに迷惑かかるとわりーだろ」
 神尾が長い指で髪をかきまわす仕草や、ひどく照れた怒ったような顔で自分の足元を見つめなてぶっきらぼうに言う、そんな様を見ながら、こくこくとうなづいた。

 神尾が橘杏ちゃんに恋してるんだと確認した瞬間、私は、神尾に恋をした。

 こんなにプライドが高そうでカッコつけな男の子が、なりふりかまわず恋する様は、問答無用に私の胸に突き刺さったんだもの。


 皮肉なことに、彼の恋を知ってから、私たちは更に仲良くなった。というか、頻繁に話をするようになった。
 音楽の話や(彼は、ヨーロピアンテクノ、とかマニアックなものだけじゃなくて、ちゃんと私が知ってるような音楽も聴く)、テレビのお笑いの話や、テニス部での話や。彼が話す、隣のクラスの伊武くんについての話なんかが、結構面白い。あとは、3年生の橘さんがどれだけすごい人かってことだとかは、ほぼ毎日の話題のひとつ。
 私が時々、橘杏ちゃんとの恋について触れると、彼は毎回お約束のようにちゃんと取り乱してくれて、そういうところに彼のまっすぐな「本気さ」を感じる。
彼が「杏ちゃん」と口にするたび、私は、彼が私のことを「ちゃん」と呼ぶことを想像してみるけど、これまたぜんっぜんリアルには想像できないのだった。


、お前、俺のことばっかりからかうけどよ、お前は好きなヤツとかいねーの」
 ある時、神尾がそう尋ねてきた。
 確かに、いつか聞かれてもおかしくない質問なのに。
 私は、びくんと飛び上がらんばかりに動揺してしまう。
「え? あ、えーと」
 私が戸惑うと、神尾はいつもの仕返しといわんばかりに、ニヤニヤする。
 私の、好きなひと。
 そりゃ、目の前にいるんだよ。
「……えーと、まあ、いるよ、好きなひと」
 その返答に、彼は別段驚く様子もない。
「おう、で、どうなんだよ、そいつとは」
 私はちょっと考えてから、自分の机に肘を突いて、掌に顎をのせた。
「その人は、好きな子がいるからさ、ぜんぜんダメなんだよ」
 そう言うと、神尾は右手と右足をタッタカタッタカとリズムに乗せてみせた。
「なんだ、好きなだけでつきあってねーんだったら、まだダメじゃねーだろ」
 ほら、神尾。どうして人の恋の話になると、さらっとまっすぐに正論を言うかな。
 軽くドラミングでもするみたいな、彼の手足のリズムは、まるで私に「頑張れよ」とでも言ってるみたいで、この時、改めて、「あーあ、神尾が他の子に恋してなかったらいいのに」って、思った。だけど、恋する神尾を見て、彼を好きになっちゃったんだから仕方ないよね……。
 私がため息をつくと、「だらしねー」と言わんばかりに、彼は私の椅子を軽く蹴飛ばしてきた。


 授業が終わって、私は待ってましたと下校の支度をする。私は帰宅部だから、友達とおしゃべりして、時には寄り道してわいわい帰るだけ。でも、それが何より楽しいの。
ってさ」
 ブラックサンダーをかじりながら友達と教室を出る私は、もぐもぐとあわててそれを飲み込む。
「最近、神尾と仲いいよね」
 友達は何気なく口にして、レモンのタブレットを口に放り込む。自分たちで言うのもなんだけど、私たち女子の口ってほんと忙しいんだよね。しゃべってるか、何かお菓子を食べてるか。
「うん、神尾って、ちょっと変わってるかなーって思ったけど、話すとすごいいいヤツだし、面白いよ」
 私が言うと、彼女はうんうんとうなずく。
「だよね、私、去年も神尾と同じクラスだったけどさ、神尾って結構人気あったよ。もちろん、きゃーきゃー言われるタイプじゃないけどね。ほら、神尾って気が利くし、意外に気取ってなくて話面白いし、それなりにバカやるし。近くの席になったり同じ委員をやったりしてちょっと話すと、神尾を好きになったって子、何人かいたよ」
 ちょっと意外なエピソードに私は目を丸くした。
「でもさ」
 彼女は苦笑い。
「神尾って、女テニの橘杏が好きじゃん。なんだかんだ言って、有名な話だからさ、神尾を好きだなーって思った子も、結局アプローチできないんだよね」
 なるほどねー。
 私は思わず深呼吸をした。
「……でも、神尾、ぜんぜんそれ、バレてるって思ってないよね」
 私が言うと、彼女はクククと笑う。
「そうなんだよねー。そういうとこが、ちょっと意外でカワイイよね」
 みんな、神尾のいいところ、いろいろ知ってたんだなあ。
 私は、友達とおしゃべりしながら帰って、ふと「私のいいところって、何なんだろうな」なんて考えて、結局答えは出ないまま。


 実はひそかにモテていた神尾、と思いながら彼を見ると、これまた新鮮な感じ。
 隣の席から、ちょっとニヤニヤしながら彼を見てると、バッグから教科書なんかを整理してる神尾が私を睨みつける。
「なんだよ」
「別に、なんでもないよ」
 ふつーの男の子なんだけど、ちょっと変わってて、クールなんだけど、妙に熱血で。
 ほんの少し前までは、私はぜんぜん神尾のそういうとこ、知らなかったんだなー。
 私のニヤニヤに、神尾はちょっとイラッとしたのか、バッグの中身が机にこぼれた。
「ちっ」
 腹立たしげに、それを片付ける。
 その荷物の中のひとつに、私はふと目が釘付け。
「ん……?」
 神尾はあわてて「それ」をバッグに仕舞ったけど、私は見てしまった。
「……それ、何かのチケット? 彼女、誘うの?」
 神尾があわててしまったのは、ローソンチケットのケースだったと思う。
 彼は「うるせーな」というように、バッグを机の横に置く。
「あー、そーだよ」
 さっさと会話を終わらせたそうだ。でも、まだイヤホンをしていないから、話をしていていいって証拠。
「ちゃんと誘えるの?」
 思わず言うと、彼は私を睨みつける。
「誘わねーと、しかたねーだろ。そのための、チケットだ」
 まさに勝負に出る、といった雰囲気。
 自分のことじゃないのに、私の胸はドクドクと高鳴る。
 彼が橘杏ちゃんに恋してるって知っていても、それはどこか、遠い話のように思ってた。
 けど、その恋が、ほんの少しリアルに、近づいてくる。
 胸が、痛い。
 だけど、神尾が勇気を出して買っただろうチケット。
 彼が男らしく、好きな女の子を誘えるといい、と思った。
 神尾は、好きな子の前では多分いつも、とっちらかって、落ち着かなくて、おたおたしてるかもしれない。でも、本当は男らしくて、よく気がついて、クールだけど面白くて、いいところが沢山ある子なんだよ。
あの子は、ちゃんと神尾のそういうとこ、気づいてるかな。
 気づくといい? 気づかない方がいい?
 私は自分の胸のうちをぐるぐる考えながら、自分の指の先をいじる。
 おい何だよ、言いたいことがあるんだったら言えよ、と神尾がしつこいけど、無視。
 心の底から、がんばってね、うまくいくといいね、なんて言えるわけないじゃん。


 神尾が使ってるクリアファイルには、ミュージシャンのグッズ系のものが多いんだけど、そのひとつに、最近の日付の入った、ちょっと派手ないかにもロック系といったものが増えていることに気づいたのは、今日の昼休み。
「……神尾、ライブ行って来たの? どうだった?」
 私が言うと、彼はたまに見せる、びっくりしたあの顔。
「……なんで、行って来たってわかんだよ」
 私が、彼のそのいかにもライブ会場で買ってきましたって感じのクリアファイルを指差すと、神尾は舌打ち。
「お前、時々、妙に鋭いよな」
「神尾、私のことバカにしすぎ。あ、購買行かない?」
 私たち、とりあえず連れ立って購買にパンを買いに行くくらいの仲にはなっていた。
「で、ちゃんと誘えたの?」
 自分の声の調子が、普段どおりかなと気にしながら、私は尋ねてみる。
 ま、神尾はこういうネタになると、そんなこと気にする余裕はないから大丈夫なんだけど。
「まーな。一緒にライブ行って、帰りに軽く飯食って、さっさと帰って、そんだけだけどな」
「……つきあおうとか、そういう話にはならないの?」
 彼は首を横に降った。
「なんか、相手の雰囲気ってわかるだろ? 今んとこ、そういう気ねーなって。それなのに一方的にこっちの気持ち、押し付けても……メイワクなだけだろ」
 そう言って、ため息をつく。
 神尾の恋心を、リアルに感じた。
 私、どうしようもない。
 神尾が真剣に恋をしてる姿を感じるたび、私は彼を好きになる。
 胸が痛いし、だけど逃げることができない痛み。
 やっぱり私、神尾が好きだなあ。
「……さ、いっつも俺の話ばっか聞くけど、お前はどうなんだよ。俺にばっか、やいやい言ってねーで、自分もしっかりいけよ。お前の好きなヤツ、まだ彼女とつきあってはねーんだろ」
 なんとか話題を変えようとする、神尾。
 私は深呼吸ともため息とも取れない、大きな息をした。
「……うーん……なんかさ、私、二番目でもいいかなって思うようになった」
「は?」
 神尾は、ワケが分からないといったように聞き返す。
「私の好きな人は、大好きな女の子がいるんだけどさ、もう私、その子の次でもいいかなって。二番目くらいに、好きになってもらえて、仲良くできたらいいや」
 だって、こうやって神尾と何気なく話したりしてることが、私は本当に好き。
 二番目でもいい。二番目ってのも、高望みなのかもしれないけど。
 ちょっとでも好きになってくれて、そばにいられたら、もうそれでいいや。
 それくらい好きなんだって、今、改めて気づいた。
 私の隣で、ふいに神尾が足を止める。
「……バカ! 何言ってんだ、お前が一番にならなくてどーすんだよ!」
 そして、珍しく大声を出すのだ。
 昼休みのさわがしい校舎では、目立ちはしないけど。
 私は目を丸くして彼を見る。

「二番目でなんて、いいわけねーだろ! お前のさ、いいところとか、いろいろあるんだからよ、それをちゃーんとわかって、一番大事にしてくれるヤツじゃねーと……」

 いつの間にか、私は泣きそうになってたんだと思う。
 彼は言葉を途切れさせ、はっとした顔になる。神尾が、あわてて動揺したときの顔。
 神尾は、決して鈍い方じゃない。
 そう、神尾は、鈍くはないんだ。
「あの、ええと……」
 神尾は眉間にしわを寄せて、髪をかきまわして、多分今まで見た中で最大級に困った顔。
 私の口から、「ごめんね」っていう言葉が出るその瞬間、彼はそれを制止するように、手を目の前にかざした。
「……とにかく、二番目でいいなんて、もう、そんなこと絶対に言うな、いいな」
 そして、険しい顔で言う。
 そんな神尾をじっと見た。いつも私が神尾をじろじろ見ると、「っなんだよ!」とか言ってくるけど、今は、何も言わない。
「……じゃあ、一番をめざしていいの?」
「一番をめざさなくて、どーすんだよっ!」
 パン、買いに行くぞ、と彼は廊下を歩き出した。
 神尾は歩くの早いから、あっという間に距離が出来てしまう。
 彼の背中を見てると、立ち止まって振り返った。
「何してんだ、パン売り切れっちまうだろ!」
 イライラしたように、私を呼ぶ。
 あわててダッシュ。
 さっきの言葉で、神尾はいろんなものを私にくれた。
 とりあえず、神尾がみつけた私の「いいところ」って、何だろ。
 後で、パンを食べながら聞いてみようかな。

Fin

2012.5.5

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