「頼む、頼むってば! 今度のテスト、マジやべーんだって! 英語と数学! ぜんぜんノートとってねーんだよ!」
「だめだめ、赤也いいかげんにしなよ、いっつもウチらのノート写してばっかりじゃん。それに赤也、すぐノート汚すし、なかなか返してくんないから貸すのヤなの!」
せっかく買って来たばかりの雑誌を読んでるってのに、私の周りは朝っぱらからうるさい。
隣の席の切原赤也とその班の女子だ。
私は赤也の隣の席だけど、幸い班は一緒じゃない。一緒だったら、ウザいだろうなあ。こいつ、一年の時も同じクラスだったけど、こういうとこぜんぜん変わってないんだよな。
そんなことを思いながら顔を上げると、あいかわらず赤也と班の女子がわーわーやってる。
「赤也」
手元の雑誌を置いて声をかけると、赤也はハッと振り返った。
「ノート貸したげるからさ、静かにして」
そう言うと、彼は飛び上がって私の机の隣にやって来た。
「マジ! さすが
!」
目をきらきらさせて、両手を差し出すのだ。子犬みたい、と思わず吹き出してしまう。私は鞄から英語と数学のノートを出した。
「私だって試験勉強するんだからさ、コピーしてきてすぐ返してくれるならっていう条件つきだけど」
「おう! ちょっと購買部行って来る!」
赤也はそう言うとノートをひっつかんで教室を飛び出して行った。
ほんと、犬みたいだなー。
笑いながらそんな後ろ姿を見つめてると、
「
、赤也にあまーい」
ため息をつく赤也の班の子たち。
「だってさ、隣でわーわー騒がれるとうるさいんだよ。赤也が一人でしっかり勉強できるよう、躾をする親切心や根気は私にはないね。ノート貸して静かにしててくれるんなら、それでいいんだ」
「まあ、確かにほんとあいつうるさいもん。でも、いっつも人を当てにしちゃってさ、ノート貸したりすんのもうシャクなんだよね。
、サンキュ」
ま、かわいいんだけどね、赤也。でも教室にいると、竜巻みたいにさわがしくて、ほんとガキっぽいんだ。テニス部では大活躍で、他のクラスの女子からは結構人気らしいけど。
赤也の班の女の子たちは、やれやれというように自分の席に座った。
私は再び雑誌に目を落とす。
海辺のカフェ特集。
テストが終ったら行こうと思うところを、鬼チェック中というわけ。
「
大先生、サーンキュ!」
机に広げた雑誌の上に、ドンと『野菜生活』が置かれた。
びっくりして顔を上げると、赤也。はやっ! もうコピってきたのか。
「これ、いつも飲んでるだろ。ビタミンを摂取して、よりお美しさにみがきをかけてください」
わざとらしく頭を下げるものだから、吹き出してしまう。
「ああ、わざわざありがと」
赤也は頭を下げたついでに、私の手元の雑誌をじっと見つめた。
「……おっ、デートの場所のリサーチかよ?」
「まあね。どっかおすすめのとこある?」
「ばーか、俺がこんなの行ったことあるわけねーじゃん」
ま、ガキだもんね、わかってて聞きました。
「
の彼、北中の三年だっけ?」
「そう。テスト終ったら、どっか行こうかーって言ってさ」
「ふーん。さすが
、恋も勉強もヨユーじゃねーの。オットナー」
赤也がガキなのよと思いながらも、まあねーなんて言ってちょうどいい位置にある赤也の髪をくしゃっとなでた。
「おい、やめろよ、これセットすんの結構気ぃ使ってんだよ!」
あわてて飛びのいて抗議の声。
想像通りの反応で、にやにや笑っちゃう。悔しそうな顔の赤也。
まあ、同級生の男の子ってやっぱりコドモなんだよね。
さて、今はテスト週間でどこの部も休みだから放課後はみんなさっさと帰宅。
私はバスに乗って、待ち合わせ場所へ。
何の待ち合わせかって? 当然デート。
つきあってる彼は学校が違うし、彼はバスケ部の練習なんかで忙しいし(試合で勝ってるから、まだ引退じゃないらしい)、テスト期間っていうのは結構狙い目なの。
それに私たち、今、ちょっと勝負どころなのだ。
「よっ、
!」
待ち合わせたファーストフード店のテーブルで、彼、松原悠樹が手を振る。
「待った?」
「ちょっとだけな」
日焼けした顔をくしゃっとさせて笑う。
ああ、この顔が好きになったんだ。
彼とは塾が一緒で、学年が違うから当然教室は違うんだけど、今年の始めにやっと話をするようになって、そして春くらいからつきあい始めたって感じ。だから、4ヶ月目くらいってとこか。
「お前も何か食う?」
彼はすでにハンバーガー1個平らげた後のようで、コークをストローですすりながら言った。
「ううん、別にいらない」
「そっか、じゃあゲーセンでも行くか」
トレイを片付けて、そして悠樹は一度私と手をつないでそしてすぐにその手をするりと腰にまわしてきた。
どきりとする。
彼と初めてキスをしたのは5月。
そして、初めて喧嘩をしたのは先月。
彼の部屋で一緒に塾の宿題をやってて、キスをして、そして悠樹はキスをしながら私の服を脱がせようとしたのだ。びっくりした私はそりゃ、怒るに決まってる。
けど、悠樹の方も怒っちゃって。なんでだめなんだよってね。
まあ、そんな喧嘩があって、最近それがようやく修復されての今ってわけ。修復っていうか、うやむやになったっていう方が正しいかなあ。あれから、部屋には行かないようにしてるし。ま、そんな感じ。
勝負どころってのは、そういうこと。
私はぴったりくっついて隣を歩く、背の高い彼をみつめた。
背が高くてかっこよくて、太陽みたいに笑って、面白い話をしてくれる彼。
好きなんだけどな。
好きなんだけど、あのときは違う人になったみたいで、怖かった。
私がコドモだから?
私と彼は本屋に寄った後ゲーセンに行って、いくつかくだらないゲームをやって、クレーンゲームで大敗して、笑って。
「あ、ねえこのプリクラ新しいやつじゃん。これ撮らない?」
「おっ、いーね」
彼は二つ返事で私の手を引っ張って中に入った。
「これで、いんじゃね?」
「だめ! ちょっとブス顔じゃん! もいっかい!」
まあ、プリクラってのは大概実物よりちょいいいめに映るもんだけど、でも最高にいいお顔をって、撮り始めると結構真剣になっちゃうんだよね。悠樹にうんざりされながらも、やっとベストショットが決まった。
「別におんなじじゃん。さっきのでもかわいく撮れてたって」
あきれたように笑う。
「あれ、前髪がヘンだったもん」
私も笑って彼の胸をげんこつで軽く小突いた。
すると彼は私のその手をつかんでくるりと私を壁におしつけ、キスをしてきた。
そして胸や腰に手が伸びる。
ほら、これ。
私、キスをするのはどっちかというと好きだけど、彼はどうにもそれとセットであちこちを触ってくる。それが、どうにも緊張してしまう。
どうしよう、なんて思ってると彼の手は私の足に伸びた。いきなり素肌に触れられて私は飛び上がらんばかりにびっくりするけど、壁際に押し付けられてるから逃げようがない。しまった、こんな壁際のマシンにするんじゃなかった!
「ちょ、やめてよ、こんなとこで! 外からバレバレじゃん!」
やっとの思いで唇を離して声を絞り出す。
「見えねーよ」
「見えるって! やだ、ほんとにやなんだってば!」
「どーしてだよ」
出た、イライラしたような怒った声。
この声を聞くと、私の胸がぎゅうっと痛くなって、不安なような悲しいような、そんな気持ちになってしまう。
「どーしてって、やだ、まだ怖い」
「こわくねーだろ」
怖いって言ってんじゃん!
でも、そんな事は口に出せなくて。
悠樹はもう、ムキになってしまってるようだ。
私の体をぎゅうぎゅう押し付けて離してくれない。
「すいまっせーん、次、並んでるんスけどー」
突然聞こえて来る、間延びした声。なんだか聞き覚えのある声だけど、この際どうでもいい。思わず胸を撫で下ろす。
その声に、さすがに悠樹もはっと体を離した。
きまり悪そうに私の手を引っ張ってマシンを後にする。
うつむきながら引っ張られてプリクラを後にする私の目に入ったのは、見慣れた立海の通学バッグ。はっと顔を上げて振り返ると、そこには。
ネクタイを外した切原赤也が、にんまりと笑ってVサインを出して立っていた。
Next2009.1.18