待てない女



 昨日、謙也にバレンタインのチョコを贈った。
 2年間とちょっと、謙也に片思いを続けている私には、3年生の最後のこのイベントを、なにもせずに終らせるわけにはいかなかったから。
 例え、告白する気がないとしても。

 お、マジでくれんねや、おーきに!

 なんて、いつもの軽い感じで大げさにテンション上げてみせた謙也のバッグからは派手な包みがいくつか顔をのぞかせていた。
 彼が、沢山チョコをもらうなんて知ってる。
 その中に、手のかかった手作りの本気チョコが少なからず混じっていることも。
 私が彼に贈ったのは、手作りじゃないけどスーパーで売ってるようなものでもなく、百貨店のお菓子売り場で買った、ちょっと美味しいチョコ。
 手作りのチョコを贈る勇気はない、中途半端な心意気。

「そんでな、昨日、東京の従兄弟に電話してな、自分チョコいくつもろてん、て数えあっこしてん。そしたら、俺の方が1個多くてな!」
 朝、教室に行く前に靴を履き替えたところで会った謙也は、あいさつもそこそこに嬉しそうに話す。
「そーなん? ほな、私の浮動票が当確させたっちゅー話やん」
「そうやで! マジ、ありがとうな!」
 そんな話をしながら教室へ歩く。
 私たちはずっとこんな感じ。
 謙也は楽しくて面白くて、人付き合いが上手で、いかにも男子って感じ。
 1年生の頃、まだなんとなく「中学生の男子」と気軽に話すのが苦手だった私が、すんなり話せて、それがきっかけでクラスでも楽しく過ごせるようになったことを思い出す。
 謙也といると、毎日が前夜祭みたい。
 お祭りの前の日。
 始まってはいないからこそ、終らないお祭り。

「昨日はチョコ喰いすぎてな、もう今日はギンギンやで!」
「アホか、後ろから鼻血飛ばしてこんといてや」
 
 私たちはアホらしい楽しい会話を続ける。
 私がもし、謙也に手作りのチョコを贈って、心に秘めている思いを告げたりしたら。
 そこで、終る。
 きっと、こんな風に、すごすことができなくなる。
 月は満ちる前に、欠けてしまうだろう。
 わかっているのに、私はきっと、ホワイトデーまで、淡い期待を抱きながら過ごしてしまう。
 隣で、アホな話ばかりしてふざけている謙也を、キッと見上げた。
 男子って、どうしてこうなんだろう。
 そして、どうして女の子って、こう。
 だけど、仕方ないよね、傷つきたくないもん。
 女の子ってか弱いんだもん。
 そのか弱い女子に、ホントに謙也ってヤツはひどい男。
 私は目に涙がにじんできた。

「……お、どないしたん? もう花粉症か?」
 
 私の目を見て不思議そうに言うのだ。
 男子って、どうしてこうなんだろう?
 私はもう、腹が立って仕方がない。
 思わず声を上げた。

「ふざけてばっかりおらんと、はよ、好きって言えや!」

 前夜祭が終ってもいい。
 もう、私は全力を出し尽くした。
 謙也は目をまん丸にして、一方、口が緊張したようにぎゅっと閉じてる。

「ア……アホ、どうしてホワイトデーまで待たれへんねん……!」
 早足で教室に向かう私を、あわてて謙也は追って来る。
「そんなん、待てるか、アホ。浪速のスピードスターが聞いてあきれるわ」
「イラチやな、くそ……スピードスターかて用心深いねん。ちゃんとな、考えてな、いろいろとな……」

 いつもふざけてばかりで、ごめん

 にじんだ涙をぬぐう私の隣で、謙也は神妙に謝ってばかり。
 ホワイトデーまで待てない私は、確かにイラチかもしれないけど、でも、楽しい時間は少しでも長い方がいいよね。
 きっと教室に着く頃に、私は自分の身に起こったことを実感して、爆発しそうになるだろう。

2.19.2012




-Powered by HTML DWARF-