● 恋のマキシマムドライブ  ●

 3年生になって、俺はふと気づいた。
 俺って、ちょっと損なキャラなんちゃうか、と。
 だってな、ウチのテニス部、イロモノ揃いや。同じクラスで部長の白石は、豪速球のモテ系でいながら包帯なんか巻きおって、ちょと変わっとるやろ。千歳はああ見えて天然で、はっきり言うてイイ思いばっかりしとる。ま、詳しくは言えんけどな。銀さんはあの調子やん。小春&ユウジはおネエキャラとモノマネでお笑い偏差値高いしな、財前くんは天才で外さへんやろ。金ちゃんは、何やかんや言うて誰からも大事にされとる。小石川は……すまん、まあええわ。
 で、俺って普通にちゃんとしとるし、それなりにイケとるし、結構モテるしな、と思てたんやけど……なんかいまいち、エエ思いせんっちゅう話や、コレが!

「ちょお謙也、邪魔やで」

 放課後、部活に行こう思て上履きから靴に履きかえて紐を結んどったら、背中をドンと押される。
「乱暴すんなや」
 俺がムッとした顔で振り返ると、そいつは同じクラスのだった。ま、声でわかっとったけど。
「そんなとこでグズグズ靴履いとるからやん」
 奴は笑いながら、上履きのかわりに取り出したハイカットスニーカーに足をつっこみ、片足をドスンと傘立てに載っけて紐を結び始める。
、お前なあ、女子やろ。行儀悪すぎなんちゃうか」
「えー、だって、しゃがんで紐結んだら、パンツ見えてまうやろ。謙也、見たいんか」
 紐を結びながら振りかえって、憎たらしく笑った。うちの学校の女子の制服のスカートはプリーツとちゃうから、かがむとヒップの丸い形がありありと見えてしまう。特にのスカートは短いから。
「あほか。お前のパンツなんか見たいわけないやろ。でかい尻をこっちに突き出すなや」
「うわー、何、エロいこと考えてるんちゃうやろな」
 靴を履き終えたはパンパンとスカートを整えて、通りすがりにまた俺の背中をドンとたたく。
「アホ! 死ねや!」
 俺が吐き捨てるように言うと、は笑いながら手を振って校舎を出て行った。
 背の高いの後ろ姿を見送る。足元はスニーカーだった。
 今日はデートとちゃうんやな。
 ふとそんなことを考える。
 とは1年の時から、同じクラスだった。
 ああいう性格の奴だから、バカ話してはツッコミあってボケあってみたいな感じやな。ま、1年の時は俺ももうちょいガキやったから、女子と敵対するみたいなとこもあったし。
 けど、女子ってなんやかんや言うてオトナやから、2年くらいになると、俺らとの本気の罵りあいやバカ話にはあんまりつきあわんようになるし、ちょとキレイになってくる奴が多い。はアホだから、今でも行儀悪いし俺ともこんなやりとりなのだけど、あいつな、彼氏できおったんやで!
 びっくりするっちゅー話や。
 3年に進級する前のバレンタインの時、いっつも制服にハイカットスニーカーのあいつがローファーで学校に来とった。チョコを贈る相手は、サッカー部の奴やった。
 まず、その普通さに俺はびっくりした。
 フツーにサッカー部のモテそうなイケメンなんやで、相手は。
 しかも、あっさりオッケーをもらったは、早速そのサッカー部の奴と一緒に帰っとったっけ。いつもみたいに、傘立てに行儀悪く足をのせて靴を履くことなく、しゃなりしゃなりとローファーを履いて、俺とすれ違う時、めっさうれしそうにVサインを出して見せた。
 同級生のアホやと思っていた女子が、ものすごいスピードで彼氏を作っていく過程に、俺は唖然としたもんや。
 まあ、は1年の時はだぼっとした制服でなんかもっさりした奴やって思てたけど、2年になってから急に背が伸びて手脚も長なって、胸もデカくなってオンナオンナしてきてたから、今だけを見てると男がおってもおかしくないんやけどな。
「今の、やろ。スニーカー履いとったな、今日はデートちゃうんやな」
 涼しげな声は白石やった。
「あ? そやな、フラれたんちゃうか」
 俺が冗談めかして言うと白石は笑った。
 が、男とデートの時はローファーで、そうじゃない時はスニーカーだなんていうベタな法則を、周囲はあっさり見抜いてる。本人は気づかれてるとは思ってないやろけどな。
「この前、日曜に本屋でが男とおるん見たで。あいつ背ぇ高いし私服でおると、大人っぽくてキレイやなあ」
 白石は妙に楽しそうに言うのだ。
「別に興味ないちゅー話や」
「いや、謙也が、あいつフラれたんちゃうか言うからな、そうではなさそうやでって思て言うたんやん」
 白石の説明はもっともで、俺はグウの音も出んかった。
 俺のリアクションを待つでもなく、白石はさっさと部室の方へ歩いて行くので、俺もチと舌打ちをして外へ出る。もう一度舌打ちをして、足を止めた。が邪魔するから、紐ちゃんと結べてへんかったやないか。しゃがんで、靴紐を結びなおした。
 まあ、そんな金曜日。

 週があけた月曜日は全校朝礼なんやけど、はっきり言うてこれで自分の体調の善し悪しが分かるし、『今週は何かイケそうや』『今週はなんしかアカン』言うのが掴めるから、俺は結構朝礼が好きだ。つまり、校長がボケるたびに生徒は全員コケることが伝統的に義務づけられてるわけだが、自分なりにそのコケ方のタイミングや受け身がうまい具合に行くと、調子エエわってなるってこと。3年生にもなると、もうコケ方もカンペキやねん。うまい具合に受け身を取って、コケる女子のパンツをチラ見するとかのテクも身についてくるわけや。
 この日も俺は、隣のクラスの委員長のパンツでも見えへんかな、なんて思いながらチラ見テクを使ったコケ方をしていると、ふとが目に入った。あいつは、学年の女子でもトップレベルのコケ方をする奴だと、俺はその点だけは認めとる。けど、今日ののコケ方は冴えへんかった。
 絶妙なタイミングで派手にコケつつも、絶対にパンツは見せんという、高等技術を持ってるはずののパンツが、バッチリ見えたんや。
 その丸いヒップを包んでいるのは、赤と白のボーダーで『楳図かずおか!』って、盛大にツッコミたくなるようなパンツやった。

「お前、最近やる気ないんちゃうか」
 昼休み、購買にパンを買いに行く途中、ちょうどが歩いとったもんやから、俺は隣に並んで話しかけた。
「お、謙也。今日はパン?」
「おう」
 も手に財布を持っとった。 
「やる気って、何のことやねん。謙也とはヤらへんで」
「アホか、女のくせに何を言うとんねん! お前、朝礼のコケ方、手ぇ抜いとったやろ。今朝」
 俺が言うと、はふと表情を曇らせる。
「……別に手ぇ抜いとるわけちゃうかったけど」
「今朝のコケ、キレが悪かったで」
 は軽くため息をついた。
「……ちょと考えごとしとってな、集中できてへんかったんかなあ」
「1年の時から校長に言われとるやろ。コケる時は集中して全力でコケろ。いつボケるか、タイミングを逃すな。せやないと、怪我をするてな」
 俺が言うと、はムッとしたように睨んできた。
「わかっとるよ、だからいつもはちゃんとコケとるやろ!けど、考えごとしとったら校長のボケを逃して、コケるの遅れてもうたんやからしゃーないやん!」
「何考えることあるんや、アホのくせに」
 派手な反撃を期待したら、の唇が何かを言おうと少し開いた。少しひそめた眉。妙に女っぽくて、俺は胸の奥がざわっとした。
「……やかましな。とにかくお腹すいてるんやし、焼そばパン買うて食べようや」
 俺たちは購買でパンと飲み物を買って、中庭に出た。外へ出るために靴を履きかえる時、のローファーが目に入った。
「週末、彼とデートやってん」
「またか!」
「またって、なんやねん」
「白石が、先週末にもお前ら見た言うとったで」
 俺が何気なく言うと、は少し恥ずかしそうな顔をする。俺は内心驚いた。こいつ、こんな顔すんねや。何を言うても平気な奴やのに。
「そんで、どないしてん」
 俺は話の続きを促した。
「……初めて、彼の部屋に行ってん。おばちゃんとかおらんくてな」
 胸の奥が、ぶるっと震える。
「やったんか!」
 思わず言うと、は俺の頭を上履きでぺしんと叩く。ちゃんとツッコミ用に携えてるんやな、そういう点はさすがや。
「……正味のところ、謙也やったらどう? うちら、まだつき合って3ヶ月もたたへんねやんか。それくらいで、するもんなん?」
 こいつ、真剣な顔で俺になんちゅーことを聞いてくるねん!
「ちょお、待てや。やったんか、やってないんか!」
 はもう一度俺の頭を上履きでどついて、ため息をついた。
「……やってへんよ。だって、まだそんなん、ビビるやん。私、初めてやしやなー……」
 俺は胸をなでおろす。って、なんでやねん!
「なんかなー……。ムラムラした彼って、こう、違う人になったみたいで怖いねんなー……」
 は少ししょぼんとした声で続ける。
「……ど、どんなやねん。てか、どこらへんくらいまでいってん」
 いつの間にか、俺はツッコミも忘れ、フツーに話を聞いとった。
「えー、せやからなあ、なんかちょと脱がされて、下着の上から触られて、みたいななあ……」
 うちの学校の女子の制服はワンピで、上はセーター。の制服は1年の時はだぼっとしとったけど、今はちょとパツッとして、胸の形なんかはセーターの上からでもわかりやすい。
 俺はそういうつもりでもないのに、目の前のの下着姿と、その上から身体にふれる手を想像してしまい、次の言葉が出てこなかった。
「でな、やっぱりあちこちギュウギュウ触られて怖いし、まだイヤやわ、言うたら、すっごい機嫌悪なって気まずくなってもーてな……」
 そしてため息。
「だから、参考までに謙也に聞きたいねん。つきあってそれくらいの女の子とな、しようとするって、どう思う? 好きだからしたいねんってコト? それとも、とにかくやりたいってコト? 拒否ったらアカンかったんかなあ?」
 そして、ムキになったように俺を問いつめるのだ。
 妙に真剣に話を聞いていた俺は、混乱し、かつ返答に困る。だって、そないな話、俺に聞かれてもやな!
 目の前のを見ながら考えた。
 例えば、こいつとつきあっていて、部屋で二人っきりで、キスとかして、そして下着が見えるくらいまで脱がせたら。
 正直、やりたいと思うだろうな。頭の中が真っ白になって、目の前のこいつのことしか考えられなくなって、きっと肌はすべすべで暖かくて。
 好きだからやりたいに決まってるやん。
 受け入れてくれたら、きっと天にも昇る気持ちでごっつ大事にしたくなる。
 そう口から出そうになって、待てよ、と言葉をとどめた。
 俺がそう答えたら、こいつは今日、奴とやるのかもしれないのか。
 の足元のピカピカのローファーをじっと見る。
 俺はつとめて落ち着いたようにして、ウーロン茶を一口飲んだ。いつの間にか喉がカラカラだ。
「……せやなあ、男やったらやりたいちゅーのはホンマのところや。けどなあ、まだつきあい始めたばかりやろ? 俺やったら、最初っからそないにがっつかへんし、大事にしたいんやったら、焦らんけどな」
 とっさのでまかせの割には、リアリティのあるええコト言うてるんちゃうか俺!
「……そっか」
 珍しく、も俺のセリフに感心したような顔をしてオレンジジュースを飲んだ。
「……つきあってる奴、そんなにガツガツしとるんか」
 の彼は、まあ顔は知ってるけど話したことはない。どんな男なんやろな、なんて今更ながらふと思った。
「うーん、男子ってあんなもんなのか、よくわからへん。普段一緒に帰ったりして会うて話してる時とな、違う人みたいで怖いねん」
 さっきと同じことをまた言った。
「キスするとかまではまだええねんけどな、なんかこう、胸とか触りはじめると、イヤや言うてんのにストップきかんくなってなあ」
 男の手にぎゅうと掴まれるの胸が頭に浮かんだ。こいつ、そういう時は切なそうに顔をゆがませたりするんだろうか。
「……ふーん、お前は、そういう時、その……感じるとかないんか? 濡れる、とかな……」
 俺が言うと、はじっと俺の顔を見て軽く息を吐いた。
「あー、謙也。そんなん言うてるってコトは、なんや童貞やったんか」
 突然の正鵠を突く一言に、俺は顔を熱くして立ち上がった。
「お前! な、何を言うてるねん!」
「いや、別にええねんけど。ただ、謙也って結構モテるし、経験豊富なんやろな思って相談したのに」
「アホか! 俺はな、俺はやな!」
 言葉が続かない。
 の言う通り、俺は童貞だし、実は女とつきあったこともなかった。
 クソ、なんて言うてやろうか、と立ち上がっている俺を見るの視線が、少し下がった。
「……なんか、勃っとるで謙也。いややな、こんな話したからイヤラシイことでも想像したんか」
 俺は自分の、微妙に盛り上がった股間を見下ろしてから、悔し紛れに片足をベンチにガンと上げた。
「アホか! これは携帯をポケットに入れとるだけや! 誰が、楳図かずおのシャツみたいなしましまパンツ履いた女で勃つか、ボケ! カス!」
「ちょお待てや! いつの間に私のパンツ見てん!」
 は顔を赤くして立ち上がり、スカートを押さえた。
「お前が朝礼でぬるいコケ方するからやろ!」
「そんで見たんか、いやらしいな、もうええわ!」
 は俺の頭を上履きで叩き、小走りで校舎へ戻っていった。
 いや、もう俺、結局何やったんやろ。
 普段のハイカットスニーカーの時よりも走りにくそうな、ローファーのの後ろ姿を、唇を噛みしめながら見送るしか、俺にはできなかった。
 
 春から初夏に向かう季節、俺は決して朝礼で校長のボケに華麗なるコケ方をすることに全力を尽くしているわけではなく、テニス部で全国大会へ行くためのトレーニングに明け暮れていた。スピードスターの俺は常に全力で走っている。そんな俺の傍らを、白石が飄々と『最近、はスニーカーばかりやな』なんてにやにや笑いながら言っていったりするのが、俺はちょっと腹がたつわけだが。
 靴を履きかえようとすると、久しぶりに傘立てに足を載せるの後ろ姿を見た。
 ここ最近、と口をきいていない。
 あの時、別に喧嘩をしたとは思ってはいないが、なんだか気まずくて話す機会を避けていた。
 の後ろ姿を見ながら、俺は少し考えて、そうっと近寄り、そのスカートを思い切りめくってやった。
 ぎゃーっと叫び声が響いて、ものすごい顔でスカートを押さえながら振り返る
「お前、しましまパンツ好っきやねんな。今日はピンクに紫か。趣味悪ぃ」
 ニッと笑って言うと、の片手の上履きが思い切り俺の頭に炸裂した。帰るんなら、上履きはさっさと下駄箱にしまっとかんかい。
 俺とは珍しく一緒に並んで歩きながら校舎を出た。
「……最近、どないやねん」
 何が、って言わなくてもたぶんわかってるやろう。
 俺は実はかなり、気になっていた。
 白石が言うてたからちゃうけど、確かには最近ずっとスニーカーを履いている。所属してる部活が4コマ漫画研究会やのに、なんでハイカットスニーカーやねんダッサいな、なんて言うたっても『履き心地好きやもん』と1年の頃からそれで通してたのに、好きな男ができたとたんローファーやったからな、こいつ。
「どないやねんて」
 はわかってるだろうに、そんな風に聞き返してくる。
「男とうまいこといってるんかって。ま、俺みたいな童貞のアドバイスなんて何の役にも立たんかったやろ」
 俺が言うと、は軽く笑った。
「ああ、そのことか。よぉ考えたら、うちの彼かてたぶん童貞やしやな、やっぱり謙也のアドバイス通りでよかったんやと思う」
 俺はその言葉の意味を考えながら、隣を歩くを見下ろした。
 の横顔は、ものごっつキレイやった。
「あれからまたな、やりたい、みたいな感じになってん。もうしゃーないかなとも思てんけど、そん時、ホラ、避妊のやつ、なかってん。そんで、やっぱりイヤや言うたら、もうホンマそれきり気まずくなってな。もう、私の気持ちのタイミングと、彼のタイミングが合わへんかったんやろなって思って、しゃーないかって」
「……別れたんか?」
「まあ、そんなとこやな」
 俺は天高くから、自分の姿を見つめているような気持ち。
 なんで俺、うれしいねん。
 俺のいい加減なアドバイスのせいかもしれんのやで、の恋が上手くいかへんかったのは。
 俺、そんな嫌なやつやったんか。
 は静かに続けた。
「やっぱり、大事にされたいやん。勝手やけど」
 思わず足を止める俺に気づいて、先に行ったは立ち止まって振り返った。
「どないしてん」
 歩くのをやめた俺に、驚いたように言うた。
「なあ、
「うん?」
 は数歩歩いた先から、引き返して俺の近くにやってきた。
「すまん、俺、嘘ついとった」
「うん?」
 俺は天をあおいだ。
 空は青くて、雲はちぎった綿みたいにほくほくしている。冬の、なめらかな雲とは違うんだ。 
 もう夏になってしまうやんか。
 攻めるん遅いって、従兄弟に笑われてまう。
「この前俺が言うてたこと、全部嘘やねん。童貞の男が、好きな女とつき合うとったら、もうムラムラしてやりとうてしゃーないっちゅー話や。つき合うてどんだけたったかなんて、関係ないわ。きっと、二人でおったらぎゅって抱き合って、裸にしたいやろな。拒否られたら、頭が爆発して死んでまうわ。あとな、楳図かずおのシャツみたいなパンツの女じゃ勃たへん、言うたんも嘘や。俺、お前のあのパンツ見た時、めっさ勃ったで」
 はまたあわててスカートを押さえる。
 その、大きい目は見開いて、びっくりしたように俺をじっと見るのだ。
 の目を見ていて、俺はちょっとあわてた。
「けどな! 俺は、ちゃうで!」
 今日は自分の股間がおとなしくしていることを確認してから、深呼吸をした。
「俺は、どんなにやりたくても、女がびびっとったら、待つ。無理矢理したりせーへんで。……ゴムかて、ちゃんと用意する!」
 は、スカートをおさえたまま唇を半開きでじっと俺を見上げていた。俺ののどは乾いて痛いほど。
「……それは、一般論なん? それとも私に言うてんの?」
 俺は、ポケットから上履きを出しての頭をはたいた。
「お前、それくらいもわからんアホなんか! 死ねや!」
 すると、即座にも上履きを出して、俺の頭をどつく。
「女に、死ねとか言うなや! チンカス!」
「うっさい、変なパンツばっかり履きよって、このボケ!」
 言うと、もう一度どつかれた。それから、はぼそっと言う。
「……部活、何時に終わんねん」
 俺は、ずっと空気椅子で座らされていてやっと解放されたような、泣きたくなるようなほっとした気持ちになった。
「メールするから、待っとけや」
 言うと、ちょっと顔を赤くしたが『調子にのんなや』と俺のケツに回し蹴りをかましてきた。そして、スニーカーが飛ぶ。靴紐の結びがゆるかったんやろか。
 俺が素早くジャンプしてそれをキャッチすると、困った顔の
「待っといてくれんねやろ」
 もったいぶってスニーカーをぶらぶさせると、は今度は怒った顔になる。それでも、今の俺には可愛く見えてしまうねんな。
 スニーカーを放ると、はさっとそれを掴み取った。
「なあ。お前、ローファーじゃなくて、ずっとそれ履いとけや。似合うから」
 ポケットに手をつっこんで、ぶっきらぼうにそう言ってやると、はやっぱり怒った顔で、そしてやけに女の子らしく行儀よくしゃがんで靴紐を結んだ。
 おう、お前はやっぱりそれでええわ。
 俺、制服にハイカットスニーカーをはいて、趣味の悪いしましまパンツのお前が好っきゃねん。

(了)
「恋のマキシマムドライブ」
2011.2.20

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