モテ非モテレポート i n 立海



「幸村。部室に、このようなものが届いていたぞ」
 真田弦一郎は部活を終えて部室で着替えをしながら、ポストに入っていた『立海大附属中テニス部レギュラー 御中』と書かれた封書を、テニス部部長である幸村精市に差し出した。
「へえ、何だろう」
 ネクタイをきゅっと結び終えた幸村は、それを受け取ると部室のミーティングテーブルの前の椅子に腰を下ろし、封を切った。
「……ふうん、なんだ、下らないものだ」
 幸村はふっと口元をほころばせ、軽くため息をつく。
「何かのダイレクトメールですか?」
 柳生比呂士の問いに、幸村は封筒から取り出した書類をヒラヒラと振って見せた。
「さあ、何でも、ウチのレギュラーメンバーそれぞれが『モテキャラなのか非モテキャラなのか』を調査したデータの中間報告らしい。ばかばかしいよね、皆、興味ないだろ」
 彼の静かな言葉に、着替えの途中の部員たちは一瞬その手を止めた。
「……精市、一応尋ねるが、ウチのレギュラーメンバーで非モテキャラというのはいるのか?」
 ロッカーを閉めて振り返った柳蓮二はゆっくりと尋ねた。
「うん? ああそうだね、8人のうち、3人が非モテという集計結果らしいね」
「へえ、それ、誰なんだぃ?」
 いつものようにガムを膨らませながら、興味津々といった風に身を乗り出すのは丸井ブン太だった。隣ではやれやれ、とため息をつくジャッカル桑原がテニスバッグをロッカーから取り出していた。
「ええと、この資料によると、ジャッカルが非モテだね。総回答数50のうち、未回答1、モテ14(28%)、非モテ34(68%)」
 彼の言葉に、ジャッカルは特に気にする様子もない。何かからかおうとする丸井に対し、『別に俺はいいんだよ』と肩をすくめてみせるのだ。
「あとはね、柳と真田が非モテだ。柳は、未回答1、モテ24(48%)、非モテ25(50%)。真田は、未回答1、モテ9(18%)、非モテ40(80%)。あ、ウチで一番のモテは俺だけどね。ちなみにモテ42(84%)」
「何!」
 ジャケットも着ぬままに、柳は幸村が手にしている資料を奪って目を通した。
「待て、精市。俺が『非モテ』と決めるのは、性急だ。24:25というこれだけのデータでは有意確率の算出ができないし、そもそもこの調査の母集団は何なのだ? 正確なデータを取るためには、きちんと調査対象を年齢層毎に無作為抽出し……」
 彼の言葉にかまわず、隣から真田が資料を覗き込む。
「とにかく何だ、そのデータはまだ不正確で、はっきりした事は言えない、というわけなのだな? 蓮二」
 柳をじっと見据えながら言う彼に、柳はしばし眉をひそめたまま相対し、そして小さくため息をついた。
「……うむ……まあ、弦一郎のデータの場合、検定によって算出するまでもなく有意に『非モテ』と言えよう」
 真田の眉間には、ぐうっと深いしわが刻まれた。
 柳の手にある用紙を、着替えを終えた丸井が奪い取った。
「へー、なんだよ、三強のうち二人が非モテなんて、情けねーなー」
 興味深そうにその資料を見ながらガムを膨らませ、隣にいるジャッカルのジャケットの袖を引っ張った。
「おい、ジャッカル。ジャッカルの場合、ほら、コメントで結構ラブコールがあるぜぃ。実は好意を寄せている女の子は多いと思う、とかさ」
 ジャッカルは『だから、俺は別にそういうのはいいんだって』などと言いながらも、まんざらではなさそうにつるりと自分の頭をなでる。
「ねえ、先輩! 俺は、俺はどうなんスか!?」
 我慢できない、というように切原赤也が丸井の方へと身を乗り出す。
「おう、赤也はモテ34(68%)、非モテ16(32%)で、『モテ』だな。よかったじゃねーか」
 切原はそのくせのある髪をくしゃくしゃとかき回しながら嬉しそうに笑った。
「へっへー、モテが80%オーバーの幸村部長や丸井先輩、仁王先輩にはかなわないっスけど、まあまあっスかねぇ」
 そう声を上げてから、相変わらず険しい表情の真田と柳を見て、あわてて肩をすくめた。
「……あの、ワタシは、どうなっているんですかね」
 柳生が遠慮がちに言いながら、くいっと眼鏡のブリッジを持ち上げた。
「ああ、心配しなくても柳生は『モテ』だぜぃ。モテ29(58%)、非モテ20(40%)。あ、コメントで『授業中の挙手回数がちょっとうざい』って感じのがいくつかあるな」
「なんですって!」
 彼は声を上げると立ち上がる。
「ワタシの挙手が!? 挙手が、うざいですと!?」
 立ち上がって、シュッシュッと、授業中そうしているのだろう様で片手を上げてみせる。
「……ああ、ワタシは長身ですから、もしかするとワタシの挙手のせいで、後ろにいる女子は、黒板が見えにくくなるのかもしれません。これからは、もう少し手を上げる高さを低くするか……」
 彼は何度か手を上げて見せて、ウンウンとうなずいた。
「手を上げる、その入射角に工夫をすると良いかもしれません。まあ、これから気をつけます」
 幸村はそんな彼を見て、ふふっと笑いながら丸井から資料を奪い返した。それをちらちらと見ながら、真田が口を開く。
「……まあ、俺はそんな事はどうでも良いのだが、念のため聞いておこう。そのコメントとやら、俺はなんと書かれていたのだ?」
 トレードマークの黒いキャップを目深に被る彼を、幸村は穏やかな目で見つめ、そして資料のページをめくった。
「真田は……そうだね、非モテ:『金剛力士像』、と書いてある。ああ、確かに真田は金剛力士像みたいかもね、ふふっ……」
 噴出しそうになった切原が思わず二人から顔をそむけると、丁度仁王と目が合った。
 沈黙の流れる部室の中に、仁王の『クックッ』という笑い声が響いた。
「まあまあ、そんなモン、噂みたいなもんじゃろ。皆、いちいち本気にしなさんな。じゃ、俺は用事があるから、先に帰らせてもらう」
 彼はテニスバッグを肩にかつぐと、柔らかに笑って部室を出て行った。
「……やっぱり、モテ率80%オーバーの男は違うっスよねぇ。あれ、絶対これからデートなんスよ」
 切原が感心したように言うと、ビリビリビリと紙を引き裂く音が聞こえた。
「馬鹿馬鹿しい、たるんどる! 第一、モテとか非モテとか、テニスには関係なかろう! お前たち、こんなもの、真に受けるな!」
 真田が低い声で怒鳴りながら、幸村の手から抜き取った資料を破り捨て、ゴミ箱に放った。
「そうだろう、蓮二!」
「……ああ、そうだな、弦一郎」
 一瞬の沈黙の後、残された部員は静かに各々の帰り支度をすすめていた。
 一足先に支度を終えていた幸村は、部室を出て行こうとしてそして振り返った。
「そのデータのサンプリングはまだまだ序盤らしい。これから、データが集まり次第俺のところに定期的にメールで送られてくるそうなので、皆の励みになるよう、届き次第部室に張っておくよ」
 彼は静かに言って、にこりと笑い、そして部室を出て行った。

(了)

2008.1.14
「Oh! Baby! アイツはモテるの? モテないの?」アンケート、50票の段階にて。
幸村精一:未回答1、モテ42、非モテ6
真田弦一郎:未回答1、モテ9、非モテ40
柳蓮二:未回答1、モテ24、非モテ25
切原赤也:未回答1、モテ34、非モテ16
仁王雅治:未回答1、モテ40、非モテ10
丸井ブン太:未回答1、モテ41、非モテ8
柳生比呂士:未回答1、モテ29、非モテ20
ジャッカル桑原:未回答1、モテ14、非モテ34
という結果でした。ご回答いただいた皆様、ありがとうございました!
感謝&ラブ!




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