●● ザ・裸ネクタイコンテスト 跡部景吾編 ●●
「総員、コンディションレッド、コンディションレッドでお願いします!」
私は制服の襟につけた無線のインカムでせわしく繰り返した。
警備体制をMAXにする合図だ。
次は跡部選手の登場なのだが、会場のメス猫の皆さんが騒がしいのは当然ながら、舞台裏も大きなコンテナトラックが出入りしたり人の出入りが多かったり妙に騒々しかった。
さて、氷帝学園のトリの選手である跡部選手の名を、私は大きな深呼吸の後にコールした。
会場は水を打ったようにしんとなる。
そして響いて来たのは、やけに重い足音。
んんん? なんだか、がっこんがっこん音がする!
一体なんでこんな足音が!? しかもかすかに妙な匂い!
ぎょっとしてマイクを握りしめていると、なんと。
舞台袖から現れたのは、真っ白な馬!
そして、その上には真っ赤なびろうどにファーをあしらったマントを羽織った跡部選手。
当然会場は、われんばかりの嬌声。
ちょっと! 馬!!! け、獣くさっ!
白馬はステージ中央にやってくると、お行儀よく部長の前で足を止めた。
部長は面食らった顔をしながらも、馬上の跡部選手をぎらぎらと見上げている。
跡部選手はフンと前髪をかきあげると、ひらりと馬から降りて来た。
その瞬間、湧きまくっていた会場が再びしんとなる。
そして跡部選手は正面を向いてニヤッと笑うと、その真っ赤なマントを思い切り高く放り投げ、そのままその手を掲げてパチンと指を鳴らすのだった。
マントの下の裸ネクタイは、当然ながらATOBE スポーツジムで鍛えられたしなやかな筋肉に、文句なしの着こなし。私は少々めまいがしてきた。
さきほどの5割増ほどの嬌声に、気のせいかステージが揺れているような気がする。
「……コ、コンディションレッド、スクランブル体勢は問題ないでしょうか!?」
私がかろうじてインカムで警備と連絡を入れると、そちらは返事をしている間もないようだった。まあ、プロ中のプロがガードに入っているのだから、大丈夫だろうけれど。
ふとステージ中央に目をやると、部長が跡部選手のマントを拾って、ぐいと彼につきかえしていた。
「跡部くん、あの、馬とか規定違反だから!」
「あーん?」
彼はそれを受け取ると、ひらりと馬の背中にかけた。
「これぐらい演出というほどでもないだろうが。本来ならば、このステージにバラとカサブランカをしきつめ、中央にソファを用意するよう指示していたんだが、舞台セットはナシだっていうから急いでかたづけさせたんだぜ?」
あっ、コンテナトラックが騒々しかったのはそれか!
そして、もしかして滝選手が持ってたカサブランカはその時の?
じゃあ、神は跡部選手だったのかー。
「舞台セットも当然だめだけど、馬もだめ! ちゃんと参加規定送ったじゃないの!」
ルールに厳しい部長はお怒り気味だ。
「ちっ、うるせー女だな」
跡部選手は舌打ちをすると、また指をパチンとならした。
そのポーズで、会場は再度湧く。
彼が指をならすと、すぐに舞台袖から樺地選手がやってきた。
飼育係かのようなツナギを着て。
「係留して、人参をやっておいてくれ」
「ウス」
樺地選手があたふたしていたのは、跡部選手の馬の世話やらセットの片付けで忙しかったからなのか! まったく、大変だなー。
「樺地くんも出場選手で忙しいんだし、自分のことは自分でやってください。過剰な演出は減点対象です。ハイ、これ、イエローカードです」
部長は腕組みをして跡部選手に警告を続けた。
なにしろ、部長はぼんのうと同じくらいにこういうきまりごとにはうるさいのだ。
「減点ね。まあ、勝手にしたらいいんじゃねーの」
彼は不敵に笑うと、会場をちらりと見て笑った。
当然わきあがる嬌声。
「だけどね、跡部くん、今回の企画というのはそもそも、純然たる裸ネクタイ姿の個々の底力をね……」
カチンときたのか、部長は滔々と説教を続けるのだが、私は知っている。
この企画をぼんのうクラブ会議(といっても二人)で話し合っている時に、『跡部選手の場合、馬に乗ってマントを着た王子様スタイルで、その下が裸ネクタイ、だと相当いいのではないか』
『ベタすぎます。ありがちすぎます。でも、同意します』
などと盛り上がりすぎて、議題が一向に進まなかったことがあった。
今回のこれは、まるで私たちのぼんのうをそのまま読まれたかのようで、私もだけど、部長、少々焦っているのだろう。
部室に戻ったら、盗聴器がしかけられていないか早速調べます!!
跡部選手のお披露目、以上!
