● ザ・裸ネクタイコンテスト 滝萩之介編  ●

「なんか、これ落ちてたんだよね。まだ新鮮できれいなのにかわいそう」
 ステージに登場してきた滝選手が片手にもてあそんでいるのは、小振りのカサブランカだった。おそらく顔を近づければきつめであろうその香りも、ステージの上ではほどよい芳香を漂わせている。
 きりりと切り揃えられたつやつやの髪に、色白の肌。がっちりと筋肉質というタイプではなくて、細みではあるのだけどすんなりと男の子らしい体躯に、ゆるりとしかし丁寧に結ばれたネクタイ。
 ネクタイの結び目やカサブランカの茎にからめられる白くて細い指先の爪は、美しく手入れされている。
「……あっ、部長、何をっ!」
 私が滝選手のディデールに見ほれていると、突然部長が彼の前に土下座をしたのだ。
 あわてて駆け寄った私は、いきなり部長に引っ張られ、膝がくずれると同時に額を床に押さえ付けられた。
「何するんスかあ! 部長ぉ!」
 さすがに抗議の声を上げるも、部長は力を弱める気配がない。
「この美しさに対し、頭が高い! ぼんのうクラブとしては、これは敬うべきでしょう!」
「いやしかし、何もひれ伏さなくても!」
 ひれ伏してしまっていては、滝選手の裸ネクタイの美しさを堪能することもできないじゃないですか、などなど私たちがステージ上で土下座をしながら揉めていると、不意にカサブランカの香りが強くなった。
「どうしたの」
 静かな声に顔を上げると、滝選手が身をかがめて私たちをのぞき込んでいた。さらさらの髪は、前かがみになっていてもきっちりと毛先がそろっていてつやつや。ふわりとたなびいたネクタイの向こうの鎖骨が、くい、と動く。
 まるで上品な猫みたいにきれいな彼を、私と部長は声もなく見つめてしまう。
 そんな私たちのことがよっぽどおかしかったのか、滝選手はくくくと笑って、手にしたカサブランカを部長に差し出した。
「はい、これあげるよ。花はやっぱり女の子に似合う」
 滝選手は部長に手をかして立ち上がらせると、その手にカサブランカを差し出すのだった。
 部長は目を丸くして、ポカンと口を開いたまま。
 滝選手から受け取ったカサブランカに顔を近づけて、ゆっくり目を閉じた。
 会場からは羨望のため息が響いた。
 しかし、私は黙っていない。
「ぶ、部長! エ……エントリー選手からものを受け取るのは、ワイロ行為として禁止されていたはず!」 
 部長ばかりずるいじゃないですか!
 それがまごうことなき本心なのだが。
 私が叫ぶと、部長ははっとした顔できまずそうに私と会場とを見比べた。そして、もう一度カサブランカを見つめ、名残惜しそうに茎をくるくると回した後、大きく息を吸い込む。
「……花瓶!」
 舞台袖に向かって叫んだ部長の手元には、スタッフよりすぐに花瓶と鋏が届けられた。部長は、みょうにかしこまった表情で花瓶とカサブランカを滝選手に差し出した。
「イベントへの協賛、ありがとうございます。滝くんは生け花が趣味と聞いていますので、ぜひこのお花をいけていってもらえませんか」
 神妙な顔をして、やけに丁寧に申し出た。
 滝選手は一瞬戸惑った表情をしたけれど、またくすくすと笑って花瓶を受け取った。
「うん、いいよ。ステージに飾ってくれるの? きっと、この花も喜ぶよ」
 そう言うと、ステージ上に花瓶を置いてその前に正座をして丁寧にカサブランカの茎に鋏をいれた。
 愛しそうにその花の姿を、身をかがめていろいろな角度から眺める。
 裸ネクタイ姿で。
 私と部長は思わずステージに座り込むと、ぞんぶんにひれ伏した。気づくと会場のメス猫の皆様も全員ひれ伏している。
 どこの誰か知らないが、カサブランカを落としていってくれた人よ、ありがとう。あなたは神です。

滝選手のお披露目 以上!


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