● 俺の方が愛してる!  ●

 夜がふけてもなかなか静かになる事のない合宿所の宿舎の外、外灯と月明かりでうっすら明るいベンチで、海堂薫はじっとを見つめていた。
 身を乗り出し、前髪が乱れることも気にせず、自分の手の中のを熱いまなざしで見据えながら、彼はその口元から熱い吐息を漏らす。
 力のこめられたそのたくましい腕のしなやかな筋肉は美しく隆起し、の重みなどまったく意に介さぬ様子だった。

「……がどこに行ったかと思えば……」

 と、そんなに夢中になっていた海堂の傍らに現れたのは、立海大附属中テニス部副部長の真田弦一郎であった。
 海堂はにそそいでいた視線を上げ、真田を見やった。
 一瞬驚いたような顔をするが、すぐにいつものやぶにらみに戻り、一学年上の上級生を睨みつけた。

「……ああ、真田さん。何スか」

 海堂はから手を放すことはせず、ベンチの自分の傍らに沿わせたまま。

を探しに来たんだ。見当たらなかったのでな。どこに行ったのかと随分と探していたら、海堂がこんなところで……」

 真田はぎりりと海堂を睨みつけながら、そのよく通る声で言い放った。
「わかってるだろう。はお前一人のものではない。一体どうしてこんなところで……」
 真田のまなざしは相変わらず厳しかった。
 が、海堂もに手を添えたままその視線をそらす事はしない。
「仕方ないじゃないスか。あんなに人が大勢でうるさいとこじゃ、無理ですよ。俺は、こういうの、静かに集中してしたい方なんでね……」
 海堂は静かにそう言って、またを自分の方へ引き寄せた。
 その仕草は、真田をよりいらだたせたようだった。
はお前一人のものじゃないと言っただろう! 俺だってをずっと探していたんだぞ!? 俺もが必要なんだ! 海堂、お前は昨日もを自分の部屋に入れていただろう? そういった事はルール違反だと、手塚に言われなかったか!?」
 激昂した真田は、眉間のしわを深くして海堂にまくしたてた。
「日中の合宿のプログラムをこなした後の身体の使い方は、自己管理の下でやっていくようにっていうのが、青学のやりかたなんスよ。俺が自分の部屋でをどうしようが、真田さんにどうこう言われる筋合いはないっス」
 真田はカッと目を見開いて、そして一歩踏み出した。
「海堂、お前が昨日も今日もを独り占めしているから、俺はずっと我慢していたんだぞ!? 今日はもう辛抱ならん! をこっちによこせ!」
「見たらわかるんじゃないスか。俺、まだ途中なんスよ」
 不敵に睨みつける海堂の隣のに、真田はぐっと手をかけようとした。
「真田さん!」
 海堂はそれを振り払う。
「真田さんは、にでも集中しといたらいいじゃないスか! そんなにに執着しなくても!」
はもう終ったんだ!」
 我慢ならん、というように真田は怒鳴りつける。
 海堂は、やれやれとため息をついた。
「……もう少しなんで、待っててくださいよ」
 彼がそう言うと、真田は腕組みをしてベンチに腰掛けた。
 海堂がを自分の胸に引き寄せると、真田はぎろりとそれを睨みつける。
「……いや、そんなに見てないでくださいよ。落ち着かないじゃないスか」
「だいたい、お前のような年頃には、やりすぎなんだ。身体に負担がかかりすぎる。もう少し控えろと、手塚に言われなかったか!?」
 真田の言葉に、海堂はひるむことはしない。
「ちゃんと正しいやり方は習って知ってますよ。俺は俺なりのやり方に自信があるんです」
 ぐっと腕に力を入れた海堂は、また熱い息をもらし始める。
 そんな彼を苛立たしげに真田はちらちらと見やる。
「おい、もう少し角度をつけた方がいいぞ。それでは無駄な力を入れ過ぎだ!」
「……もう、真田さん、うるさいっスよ! 真田さんだって、自分がやってるとこにいろいろ言われるの嫌でしょうが!」
「いや、しかしだな、はもっとこうした方が……」
「ほっといてください!」

夏の合同合宿所では、をめぐって熱い男二人の闘いが絶えることがなかった。

(了)
2009.7.30
「俺の方が愛してる!」

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