テニプリエロバトン本番編(仁王)



 私は同じクラスの仁王雅治がきらい。
 最初にきらいになったのは、今年の海原祭の最終日。生徒会役員の私は、撤収の指示を出すためにあちこちを飛び回っていた。機材を準備室に片付けることを、たまたま仁王と2人でやっていた時。
『これで、もう施錠しちゃうね』
 そんなことを言って部屋を出て行こうとした瞬間。
 私は仁王と目が合った。ああ、やっぱり人気のある子なだけあってきれいな顔してるなあ、背も高いし、と思ったっけ。
 するとその顔が急に私に接近したのだ。呼吸をおく間もなく、彼の唇は私のそれを覆う。私が瞬きをするより早く、彼は私から離れた。その、少し薄い唇からちろりとわざとらしく舌を見せる。
『お前さん、お堅い役員サンと思ったが、唇はやーらけーのぉ』
 ふふ、と笑ってするりと部屋を出て行った。
 私の足が、しばらくそこから動き出せなかったのは言うまでもない。
 彼がひどいのは、この後。
 だって、そんなことがあったら私だって彼を意識しないわけにはいかない。
 彼の髪の匂い、唇の感触、それは私の中の染みのように消そうとしても消えない。
 なのに、彼はそれ以来、私のことをまるで空気のように扱う。
 いや、それまでもそうだったのかもしれないけど、私の毎日の『登場人物』に彼がクローズアップされたのはその出来事以来だったから、彼の私への気のなさが際だってしまうのも仕方がない。
 腹が立つ。
 あんなことをして私の気持ちを乱しておいて、それでいてその後まったく無視なんて。
 彼にとってああいうことはなんでもないこと? ほら、こうやってうだうだ考えてしまう自分もいやで、だから私は仁王がきらい。


 更に彼をきらいになったのは、先週の体育の授業中。
 男子と女子とで分かれてサッカーをやってたんだけど、男子がゲームを終えて女子がコートに入るその時、すれ違いざまに彼は一瞬私の手を握るのだ。
 その瞬間、私の手は溶けてしまいそう。
 驚いて彼の視線をとらえようとすると、その手はすでに離れていた。
「……手ぇも、やーらけーのぉ」
 ほら、もう。
 きらい、きらい、きらい!
 思い出したようにこんなことをするくせに、普段はしらんぷり。
 ほんと、きらい、きらい、きらい。


 そして今日、昼休みの生徒会室。
 私は印刷した資料の原稿ファイルを生徒会室の保管庫へ片付けていた。
 その時。
 この時間誰もいないはずの生徒会室に、人の気配。
 私はどきりとする。
 気配のした方に視線をやると、そこには。
 私の大きらいな男。
 仁王雅治。
 彼は、まるで上品な猫みたいに生徒会室のソファに体を伸ばしていた。
「……どうやって入って来たの!?」
 思わず尋ねてしまう。
 だって私、職員室で借りて来た鍵で扉を開けて入って来たのに。
 仁王は笑って、『プリッ』なんて言うだけ。
「ここは関係者以外立ち入り禁止のはずでしょ。鍵、閉めるんだから早く出て行って」
 眉をひそめて私が言っても、彼はちっとも堪える様子がない。
「……お前さん、よぉもちこたえちょるのぉ」
 そしてソファを立ち退くそぶりも見せず、そんなことを言う。
「どういう意味よ」
 早く出て行って、と急かす意味合いで、私は彼の前に立って睨む。
 いつもは私を見下ろす彼をこうやって上から睨みつけるのは、ちょっといい気味だ。
 仁王はニヤリと笑って私を見上げる。
「俺のことを好きで好きで仕方ないくせに、今までよぉ我慢したのぉ」
 そう言うと、いきなり彼はひょいとその長い手を伸ばして私の制服の上着の裾を引っ張る。
 バランスを崩した私は、彼に引っ張られるまま。
 ソファにふんぞり返って座る彼の上に跨がる形となった。
「下からの眺めも悪くないぜよ」
 仁王は左手を私の腰に回し、右手で私の制服の上からぎゅっと胸を掴む。
「仁王っ……!」
「やっぱり、ここもやーらけーのぉ」
 身体を起こして彼の手を払いのけようとするけれど、上着をすりぬけてシャツの上から触ってくる彼の指の動きに不意をつかれて動けない。痛いというほどではない強さで、するすると私の胸の先端を刺激する。
 左手はいつのまにかスカートの中で、下着の上からヒップを撫でていた。
「よぉ我慢したから、ご褒美じゃ」
 胸をまさぐる手を移動して、今度は私のネクタイを引っ張った。
 自分はまったく身体を起こしもしない。
 私の唇は彼のそれに吸い寄せられる。熱い舌が侵入してきた。
 仁王を押しのけようと彼の胸にあてていた私の手の力は抜け、次第に彼に体重を預ける形になる。
 彼が唇を離すと、私はため息をつくのがやっと。
 仁王の両手は徐々に私の素肌に触れ始める。
「のう、俺の両手はこの通り忙しい。お前さん、俺のベルトを外してくれんか? 窮屈そうなん、わかるじゃろ?」
 相変わらず意地悪な笑みを浮かべたまま、私の耳元でささやいた。
 きらい、きらい、きらい。
 頭の中でそう叫ぶので精一杯。
「そうじゃ、ゴムは俺のシャツの胸ポケットに入っちょる。そいつも、頼むぜよ」
 きらい、きらい、きらい。
 もう、ほんとうに大きらいなんだから。
 まるでおまじないのように心で何度も繰り返しながら、私の両手はゆっくり仁王の腰にすべり落ちる。

(了)




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