テニプリエロバトンご奉仕編(平古場)



 入り江が見える海辺の木陰で、私と凛は、ちょうど50センチくらいの間隔を空けて座っていた。
 波の音、ガジュマルの葉の隙間からかすかに漏れる太陽の熱、絹のような肌触りの海風、それらは私がこの土地にやってきた一年前と何も変わっていなかった。
「……いちゃし今まで、わんに言わねーらんたん」
 私と凛は、指先だけをぎゅっと絡めあっていた。ちょうど、このガジュマルの根っこみたいに。
 凛は右手でひざをぎゅっと抱いて、その膝の間をみつめるようにうつむいている。
 こんな彼を見るのは初めてだ。
 1年前に東京から比嘉中に転校してきた私は、明日東京に戻る。
 元々3年間の予定だった父の赴任の期間が短くなったのだ。
「……ごめん」
 私は凛の指先をぎゅっと握りしめた。
 凛と初めてキスをしたのは、この場所だった。
 沖縄での生活は東京でのそれとまったく違って、最初はクラスメイトの言葉もわかりにくいし、途方に暮れたものだ。
 同じクラスの凛は、彫りの深い顔の子が多い中でも、きわだって派手で目立って、それでもやけに話しやすかった。クラスメイトとの橋渡しなんかをしてくれる彼と、ガジュマルの木の下でキスをするようになるまで長くはかからなかった。
 勿論、それ以上の事も。
 凛はとても手慣れていて、戸惑う私を自信たっぷりにリードしてくれたっけ。
『っうじらーさんね。そんなに美味しいか?』
 凛に教えられた愛撫を繰り返す私の髪を優しく梳く彼の指は、木漏れ日よりも、海風よりも私を熱くした。
 凛は沖縄の太陽のように明るくて天真爛漫で、彼と交わるのはまるで沖縄の大地に抱かれているようで、こんな海辺のガジュマルの木陰で行う情事に、私は不思議なくらい罪悪感がなかった。
 私と彼が交わりながら、時にふざけて上げる嬌声も、いつだって波音やガジュマルの葉が揺れる音に溶けていた。
 そんな、太陽みたいな凛が、自分の膝のあいだに額を押し付けてる。
 こんな凛の姿を見ることになるなんて、私は驚いていた。
 だって。
 私のことなんて。
 彼にとっては季節風みたいなものなんだって。
 そう思っていたから。
 この場所に来ると、話もそこそこにいつも私の体に触れて来る凛が、今日は指先を握るだけ。
 予定より早く東京に戻るということを、ずっと凛に言えなかった。
『へえ、そうなぬー』って、さらっと返されることが怖かったから。
「凛……」
「んー?」
 名前を呼んでみたけど、何て言えばいいのか、わからない。
 私たちは、自分で自分の居場所も決められない子供だ。
『また、会おうね』『メールする』『いつか東京、遊びにおいでよ』
 いろんな言葉が頭をよぎるけど、どれも言う気になれない。
 うすっぺらだ。
 今度は凛が私の指先をぎゅっと握り返した。
 私たちはわかってる。
 東京と沖縄の距離は100年経っても変わらないけれど、私と凛の気持ちはどうなるかわからない。
 私たちは子供だけれど、それくらいはわかる。
 そして、わからないことを考え続けてもしかたがないっていうことも、わかる。
「凛……すごく、好き」
 私は、ひとつだけ確かな言葉をつぶやいた。
 その言葉は、風が揺らすガジュマルの葉音に溶ける。
「わんも、でーじ好いちょる」
 凛は自分の膝に顔を埋めたまま。
「好き」「好いちょる」
 私たちはバカみたいに、繰り返すだけ。
 波が、寄せてはかえすみたいに。
 いつか、この波が満ちる時が来るだろうか。
 それは、私にも凛にも、この太陽にも分からない。

(了)




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