外は久しぶりの雪。
そして、私の目の前にいるのは、前髪を乱して息を荒げた裸の真田くん。
私にとって激しく非日常なそれらは、気持ちをふわふわとかき乱す。
新年二日目の今日は、まるで海にぽっかり浮かぶ小さな無人島みたいな一日。
というのは、家族全員が初詣に出かける中、試しに『私は宿題やらないといけないし、行かない』なんて言ってみたらあっさり私をひとり置いて行ってくれたのだ。
そんな日に、私と真田くんは私の部屋でお互い初めての情事の時間を持った。
つきあうようになって1年ほどすぎて、ようやく初めて触れ合うお互いの肌。
私の勝手な想像では、真田くんは普段の力強いイメージがあったのだけれど、まるで生まれて間もない子猫にでも触れるかのように、おっかなびっくりといったていで彼は私を抱いた。
その、もどかしいくらいの彼の振る舞いは、肉体的な男女の交わりに少なからず不安を抱いていた私を、かえって熱くした。
つたない情事をようやく終えた私たちは、ひどく照れくさい空気を漂わせながらも熱を持ったまま一度身体を離す。
窓の外の雪
普段聞いた事もないような真田くんの声や、その身体の熱の余韻
そういったものは、私の芯をふわふわとさせたまま。
そんな気持ちでいたためか、今しがたの私たちの行為について、私はつい聞きかじった事のある日本古来の、やや淫靡なイメージを持つ言葉を口走ってしまった。
すると、真田くんは身体を起こし、私を睨みつけた。
「……なっ!! “姫始めだね” だと!?」
その険しい顔つきに、私はびくりとする。
と同時におよそ1時間ぶりに戻って来た、まったく普段どおりの真田くんに少しほっとする。
「たわけ!!姫始めというのは夫婦が…」
真田くんは身体を起こし、たくましい腹筋なんかをあらわにしたまま、かつ普段の鬼の風紀委員長のごとく、『姫始め』という言葉についてその由来や意味についてあの野太い声でえんえんと説明しはじめるのだ。
真田くんの顔は険しい。
「そもそもは馬の初乗りなどが言われで、そのほかに、強飯ではなくやわらかく炊いた姫飯を新年に初めて食べることなどが……」
真田くんは、今の私たちにとっておそらくまったくもってどうでもいいような事をとにかく詳しく解説し始める。
だけど、それを、私は嫌ではない。
だって、私が好きになった真田くんは、こんな子だもの。
私がうかつに口にした『姫始め』なんて言葉に口角泡飛ばして論ずる彼は、本当に、初めて会ってそして私が好きになった真田くんそのままで、そんな彼を眺めて私は苦笑いをしながら布団を身体にかぶる。
「言ったように、夫婦間における主婦が初めて行う家事的なものの意味あいであったり、要はそういった関係性での出来事を述べたものであり……」
真田くんの論調はあいかわらずだ。
そんな彼は、いつもの彼ではあるけれど、その様を眺めながら私が思い出すのはほんの少し前の真田くん。
服を脱がせた裸の私の胸に、こっちが驚くくらいにおそるおそる触れて、そしてうめき声まじりにつく吐息。身体をこわばらせてしまう私の中に侵入してきた時の、遠慮がちでいながら隠せない身体の猛り。
私は、彼のそんな熱い全てを思い出しながら大きなため息をついて、自分の熱の覚めやらない身体を掛け布団で覆った。『非日常』から、いつもの真田くんの様を見て、少々我に返ったというていの部分もないでもない。
「……寒いのか?」
真田くんは『姫始め』という言葉についての由来や歴史を語る事をやめ、その鋭い視線を私に定めた。
「うん? 寒いっていうか、まあ、ちょっと身体、冷えたかも。そもそも裸だしね」
努めて普段通りに言いながら彼にならって身体をおこしている私は、軽い羽根の掛け布団を肩までかぶった。私がそうやって布団を引っ張っているおかげで、真田くんのその筋肉質な腰が思い切り露出している。
「……冷えているのか!?」
真田くんは、私がくるまっている布団をいきなりはぎ取る。
驚いた私が、それをたぐり寄せようとするより、彼がそれを巻き取る方が早い。
「か……身体を冷やすのは良くないぞ。うむ、女子が身体を冷やすのは、いだだけない」
いつのまにか、真田くんは私の肩をくるりと抱き寄せている。
私の身体は、熱い彼の身体に包まれていた。
「あ、うん、そうだね、いただけなかったかもしれないけど、裸になったんだし、しょうがないじゃん。とりあえず、ちょっとは暖かくはなったと思う」
その、真田くんの熱をどう受け止めていいか分からない私は、とりあえずいつもの調子でニカッと笑って答えた。
すると、真田くんの顔は突然にまた私に近くなった。
「そんなことだから、だめなのだ!!」
びっくりした私は引いてしまって、とにかく普段からおっかない彼に積極的に反論しようという気持ちにはならない。
「肩が……冷えているではないか!!」
真田くんの手は、私の左肩を覆った。
「あ、うん、しばらくこう、話してたし……」
私が彼の右手を横目で見ながら言っていると、そしてその右手は静かに私の身体の中央に寄って来た。
真田くんの眉間にはしわがよっている。
「とにかく……もう……だめだ……」
真田くんの手は、私の肩から胸に滑る。
非日常から、日常へ、日常から、非日常へ。
真田くんの熱は、いつもと違うそれだった。
私は彼の首をかき抱いて、熱いため息をついた。
彼にもう一度抱いてほしい。
言葉に出す事のできない、その気持ち。
けど、それは多分彼には十分伝わっていると思う。
改めて私の素肌に触れた彼は、一度目のそれとは比べ物にならない猛り方で私を組み敷く。
姫始め
そんな私の何気ない言葉が、彼を刺激したのだろうか。
発端などどうでもよくなる程に、私は彼に巻き込まれていくのだった。
冬の静かな部屋に、私の嬌声だけが切なく響く。
(了)