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モアプリ攻略記念SS 忍足編



 ホームルームの後、私は小走りで第二会議室へ向かった。
 私は国際交流委員で、今日はその委員会会議の日で、これ、みんな結構まじめだから遅れるとすっごい気まずいんだよね。あーヤダヤダ、なんて思いながら会議室の扉を開く。
 私は一瞬立ち止まってしまい、中を見渡した。
 私以外全員集まっているだろうと思いきや、誰もいない。
 一人を除いて。
「……あれ、なんで?」
 私が言葉を発した相手は、文庫本に目を落としたまま。
「……ああ、なんや先生の都合で開始時間が30分おそなったらしいわ」
 静かに本を読んでいたのは、去年同じクラスだった忍足侑士だ。
「えーっ、マジ!? 私、聞いてない! めっちゃあせって来たのに損したー! なんでー!?」
 私が悔しさのあまりジタバタしてると、忍足は顔を上げて軽く笑った。
「すまんかったなぁ。俺がジブンのクラスに緊急連絡網まわすのん、忘れとったからや。俺自身も、開始時間がズレるんすっかり忘れとってん」
 すまんな、と言いつつ、まったく申し訳ない感もない忍足はしれっと言ってまた文庫本に目を落とした。
「あっそ〜。まあ、いいけど〜」
 30分くらいだしね、と私も席に着いた。
 広い会議室、忍足のすぐ隣に座るのも変だし、思い切り離れるのも変か。
 だから席を二つほど空けた場所に腰を下ろした。
 去年同じクラスだった忍足は、まあよく話はする方だったから別に気は遣わない。
 こうやって私が座っても、忍足も気にもせず本を読み続ける。
 二人きりでいて沈黙が流れても、別に気にならない。
 そんな感じ。
 忍足はじっとうつむいて本に視線を向けたまま。
 集中してるみたい。
 知ってる、きっと恋愛小説だ。
 忍足侑士は、ちょっと変わってる。
 少し長めのカラスの濡羽色といったていの黒いきれいな髪、すっきりと整った顔立ち、スポーツマンらしい長身の体つき。それなのに、トボけた丸眼鏡なんかしちゃって。
 女子はみんな、素直に「忍足、イケてるー!」とは言わないけど(跡部に対するみたいにはってこと)、でもなんだかんだ言って、忍足はモテる。まあ、やっぱりかっこいい。話も上手いし。
 忍足が本に集中しているのをいいことに、私は久しぶりに忍足をじっと観察した。
 眼鏡は伊達だって聞いたことがあるけど、たしかにレンズの感じからして度は入ってなさそう。
 テニス部で日焼けしそうなものなのに、肌はとてもきれいだ。うらやましい。
 忍足は話しやすくて冗談も上手くて(そのあたりが女子から結構人気があるポイント)、それなりに女の子と遊んでる風なそぶりも見せるけど、意外に彼が実際にどの子とつきあってるのだとか、そういうことを知っている者は少ない。人づきあいがいい割に、結構秘密主義っぽいんだよね。それだけにいろいろ噂もあるけれど。
 そんな風に、彼をじっと見ていたら。
 ものすごくフェイントな感じで、忍足が顔を上げるのだ。
 そして、私の視線を捉えた。
「ん? 何や?」
 忍足が本に集中してるからって、なんだかじっと彼を見ていた私とばっちり視線が合ってしまった。
「え? ああ……」
 私は妙にきまりが悪くて、わざとらしく椅子の背にもたれかかってみたりする。
「なんかさー」
 そして、ふと耳にした事のある忍足の噂のひとつを思い出した。
「忍足って、年上の美人のバイオリンの先生が筆おろしの相手だったってほんと?」
 私が言うと、忍足は眼鏡の奥の目を一瞬大きく見開いて、そしておかしそうに声を上げて笑った。
「筆おろして。ジブン、なんちゅーおっさんくさい言葉つこてんねん」
 言われてみて私も笑う。
「いや、なんか忍足ってそういう言葉似合うじゃない」
「なんやねん、それ。俺、どういうイメージやねん」
 私の言葉に、また忍足は笑った。
「筆おろしなあ……まあ、あのコは別に筆おろしとはちゃうかったけど」
 そう言いながら、また文庫に視線。
 忍足ってば! 
 くだんのバイオリンの先生って、噂ではすっごい大人で気の強そうな美人って話だけど! それを「あのコ」って! しかも、つまり、やったけど初めてじゃないってこと!? 
 さすが忍足だなー。ネタ的に!
 やっぱり忍足はハズさないなー、すごいなー。
 そう思いながら、再度本に集中しはじめた忍足をついついじっくり眺めてしまった。
 次に忍足が顔を上げたのは、すぐ次の瞬間。
 私が目をそらす間もない。
「……なあ、ジブン、俺のこと知りたいん?」
 顔を上げた忍足は、眼鏡の奥からでも十分強い視線を私に刺す。席二つ分の距離などものともしない視線を。
「はあ……?」
 私は少々うろたえながらも、すっとぼけた返事をしてみる。
「さっきから俺のこと見て、俺のこと、聞いてくるやん。同じクラスやった時に、結構話した思うけど、足らんか?」
「え、別に、足らんことないよ」
 いつもどおり飄々としたしゃべり方なのに、なぜか私はうまくかわせない。
「俺が伊達眼鏡かけてて、ラブロマンス映画が好きで、好物がサゴシキズシで、足のキレイな女が好きで、カセットテープで音楽聴いてる、なんてことくらいじゃ、足らんよなあ」
 忍足の声は、ささやく程度のものなのに、会議室の空気に溶けて私の耳に染み入る。
 私は深呼吸をして、ようやく声を絞り出した。
「ううん、十分。それ以上聞いてたら、委員会始まっちゃう」
 時計を見ながら姿勢を正して言うと、忍足はくっくっと笑うのだ。
「心配せんでええよ。今日は委員会中止やから」
「は?」
 これまた私がすっとんきょうな声を上げると、忍足はスマートなしぐさで席を立ち、私のすぐ隣の椅子に移動した。
「担当の先生の用事が入って、今日は中止らしいねん。俺もな、今まで忘れとった。連絡網、まわさんで悪かったな」
 私がぽかんとしてると、忍足は文庫本をカバンに仕舞い、眼鏡のブリッジに指をあてる。
「時間はたっぷりある。さ、何、話そか」
 あれ。
 魔法みたい。
 ほんの数分前まで、忍足はかっこいいけど話しやすくて何でも聞けて、何を聞いても上手いこと返すからすっごいウケてってそんな風に思ってたのに。
 もう、何を、話していいのか、わからない。
 妙に甘い時間だけが、静かに、過ぎていく。
(了)

2010年3月




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