● 真夏の昼の夢(3)  ●

 翌朝、「いつまで寝てるんだい!」と、昨夜の優しさはどこへやらのスミレさんにたたき起こされた私は、あっというまに身支度をさせられ食堂へ。
 まさに晩餐会でも開催するようなゴージャスなテーブルには、私とユーシの二人だけ。
「……あのさ、お父さんとかお母さんは?」
 パンをかじりながら、私は尋ねてみた。
 何種類か食卓に用意してくれてるフルーツのジャムは、すごくフレッシュで美味しい。
「あ? オトンにオカンか? 姉貴が嫁に行った後はな、オシタリ家は俺に代替わりして隠居しとる。のんびり過ごすのんが好きらしいわ」
 ユーシがパンをスープに浸しているのをみて、私もマネをした。あ、そういうことしてもいいのね、と思って。
「へえ、じゃあこのお城で一人なんだ……」
「一人ってわけちゃうけどな。使用人のモンらは子供のころからおるし、家族みたいなもんや」
「ふーん……」
 彼の生活スタイルがよくわからないけど、私の日常とはとにかくかけ離れている。
「さて、飯食ったら出かけるで」
「え? 出かけるってどこに?」
 私はベリーのジュースを一口飲んでから、驚いて聞き返した。
「アトベの城や。王様への謁見やで、楽しみやろ」
 ユーシはナプキンで口元をぬぐいながら、ニヤッと笑った。

なんでなんで? ヤダヤダ! と騒ぐ私に構うことなく、ユーシはさっさと支度をして私を馬車に押し込んだ。
「しゃーないやろ。今朝、使いのモンが来て、アトベが集合言うてるんやから。そもそも昨日のカキノキとのことも報告せなあかんしな。城主たるもん、こういうこともあんねん」
「けど、どうして私まで!」
「アトベの城に呼ばれたら、そんなもん、日帰りで帰れるわけあらへんやん。しばらくは会議やらなんやらでかかる。その間、を一人でメバチコ城に置いとくわけにもいかんやろ」
 え、ううーん、私、スミレさんがいれば別にあそこに置いとかれててもいいけどなぁ……。
「一人で気楽がええわ思てるかもしれんけどな、城を落としにかかってくる敵かておるかもしれんのやで」
 えー! 何それ!
「なーんてな、ま、そないにビビらんでもええで」
 どっちやねん! なんて思いながら、私はお世辞にも乗り心地がいいとは言えない揺れ方をする、馬車の座席の背もたれに体重を預けた。
「……昨日みたいな……、戦争? って、しょっちゅうなの?」
 私はおそるおそる尋ねた。
「戦争?」
 腕組みをして私の向いに座っているユーシは、顔を上げて不思議そうにする。
「ああ、テニスの試合な。まあ、仕掛けたり仕掛けられたりやで、このご時世」
「えっ? テニス?」
 私が驚いて聞き返すと、ユーシはやれやれという風な顔をしてみせて、そして座席の下から何かを取り出した。
「昨日、俺も腰に差しとったやろ。これが、テニスの武器や。ラケットとボール」
「ええっ?」
 彼が見せてくれたのは、確かにラケットとボールだった。しかし、重厚な金属製の。
「俺はパワー派ちゃうくて、技巧派やから、軽めに作ったるけどな」
 ユーシはそうっとそれを私に持たせてくれる。
 なに、これ、重っ!
「ここここ、こんなラケットでこんな重いボールをボンボン打ったら、危ないじゃない!」
「せやから、あんなとこうろついたらアカン言うたやろ」
 逆に説教されてしまった。
「俺らはユニフォーム着とるからええけど、そうでないモンがあんなとこおったら流れ球に当たって怪我するで」
「ユニフォームって、昨日のあれ?」
 あの甲冑?
「そうや。かっこええやろ」
「はあ……」
「だいたい試合場におったらな、巻き込まれて怪我するだけやないで。運悪く敵のモンに見つかったら、ただじゃすまされへん」
 私はビクンと身体を起こして身を乗り出した。
 敵に見つかったらって……よく戦争物で、兵士は略奪・陵辱の限りをつくし、なんて下りがあるけど……!
「……見つかったら、どうなるの……?」
「そんなもん、決まっとるやん。捕まって連れてかれてな……」
「連れていかれてっ?」
「球拾いをさせられるんや」
「……」
「あれはしんどいでぇー」
 ユーシは眉をひそめてしみじみと言う。
「……やっぱり、普段から練習するの? テニス……」
「当たり前や。これで生きるか死ぬかやねんからな。馬と息を合わせて行くんも重要やし」
「あ、馬に乗ってテニスするんだ……」
「当たり前やろ」
 馬車に揺られながら、ここでのテニスについてを聞く。馬に乗って敵陣の騎手と球を打ち合ったり、長距離の狙撃手もいたり、もちろん地上に降りて対面して打ち合ったり。まあ、テニスのラケットとボールの形状は私の知ってるものとよく似てるけど、内容はだいぶ違うようだ。
「そんな危ないのでやんないで、もっと軟らかいボール使うとかさ、軽いラケット使うとかさ、平和的にやればいいのに」
 私が呆れて言うと、ユーシは目を丸くした。
「……オモロイこと言うねんな、自分」
 そう言っておかしそうに笑った。
 おかしいのは、そっちだよ。
 私はため息をついた。

 あれこれ話しているうちに、馬車がカーブを重ね、スピードがゆっくりになる。
「さ、着いたで」
 馬車の扉を開けて、目の前に広がる光景は……。
 見事な薔薇の咲き乱れる庭、荘厳な石造りの城、まさに夢の世界。うっとりするような甘い薔薇の香りがたちこめていて、ああ、ユーシから時々香っていたのはこれだったんだ。これが映画のセットみたいなものじゃないということは、私でもわかる重厚さで、まさにテレビでしか見たことのない風景だった。ユーシのメバチコ城もかなりの豪華さだったけど、これは規模が違う。
「ここが、通称アトベッキンガム。王の城や。ほな、行こか」
「……はあ」

 私は周りをきょろきょろ見渡しながら、ユーシにエスコートされ城内へ足を踏み入れた。
 城内も当然ながら豪華絢爛としか表現のしようがない。あちこちの鏡やステンドグラスはぴかぴかに磨き抜かれていて、装飾品や絵画の配置も計算しぬかれている。床にもチリひとつなくて、案内してくれるお城の人もとても品がいい。
 アトベ……って、跡部だよね……。
 案内の人はいるものの、ユーシは勝手知ったるといった様子でどんどん城内を進んでいく。広間のようなところへ出た。うわ、天井高い! そこはまさに王様が登場するといった雰囲気で、びろうどの玉座が鎮座している。いかにも跡部に似合いそうだ。

「よぉ、オシタリ、早かったな」

 聞き覚えのある声に振り返ると、もしかして、とは思いはしたもののやはり驚いてしまう。
 その元気のいい声の主は、宍戸くんだった。
 ぎょっとして彼を見ていると、彼の方も視線を返してくる。
「おう、アトベがうるさいやろからな」
 ユーシはさらりと言いながら、ついと軽く手を挙げた。
「こいつ、俺の従妹でっちゅうねん。家族の都合で、しばらくメバチコ城に来ててんけど、慣れない土地で一人にもできひんやろ、今回は一緒に連れてきてん。、こいつはシシド言うて近衛隊長や」
「ふうん、か。よろしくな、俺はシシド・リョー」
 紹介されて納得したのか、彼はにっこり笑った。シシドくんはここでもさわやかだ。
「あ、うん、よろしくね。私、
 そう言って、握手した方がいいのかなどうなのかな、なんて考えてると。
「シシドさーん」
 広間の扉の方から近づいてきた声、もう、確認しなくてもわかる。
「もうこっちに来てたんですね!」
「おう、遅いぞ、チョータロー!」
 ここでは、いわゆる中世のタイツみたいなスタイルの服にちょうど氷帝テニス部ユニフォームと同じカラーリングのグレーとホワイトの上着を着てるんだけど、なんとも王子様らしくそのスタイルが彼にはとても似合っていた。
「こいつは、近衛副隊長のオートリ」
 ユーシが紹介すると、彼はぴしっと姿勢をただしてかしこまって私に微笑んだ。
「オシタリさん、こちらの美しい姫君は?」
 姫君って……! さすが鳳くんいや、オートリくん。
「従妹のや。アトベには言うてあるし、こっちおる間は仲良うしたってな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 片膝をついて、まさに騎士といった感じで挨拶をしてくれた。
 いや、確かに素敵なんだけど、もう背筋がもぞもぞするというかなんというか……。
 私がリアクションに困ってもじもじしていると、ユーシが肘でつついてくる。
「なんや、、オートリがええ男やからって緊張しとるんか」
「やだ、そんなんじゃないよ! ほんっとに、ユーシってば!」
 私が背中をバシンと叩くと、ユーシは大げさによろけてみせる。
 オートリくんはおかしそうに、くくくと笑った。
 と、広間にパイプオルガンの音が流れる。
 ユーシが私の肩に手をまわすものだから、私はびくりと飛び上がってしまった。
「さて、ふざけるのはここまでや。王様の登場やで」
 荘厳なパイプオルガンの音をバックに、ローブを翻して登場したのは、間違えようもなく跡部景吾だった。
 シルクとびろうどの服に、ゴージャスなローブ、王冠こそ頭に載せてはいないけど、これは誰がどう見ても王様という風格だった。あまりの迫力に私がぽかんとしていると、ユーシがさりげなく私の袖を引っ張って自分の隣に並ばせた。

「……フン、揃ったな」

 玉座に腰を下ろして、その長い脚を組んだ跡部は静かにそれだけ。大きな声を出しているわけじゃないのに、よく通る。跡部が話すのに合わせ、パイプオルガンの音はさりげなく抑揚をつけている。
 跡部、知ってる顔なのに、なんてオーラなの。圧倒されてしまった私は口も開けないし、動けない。
「ああ、アトベ。まずはコイツ、紹介しとくな」
 ユーシが私の背中をついと押すが、アトベは手のひらをこちらに向けた。
「あーん、オシタリの従妹って奴だろ」
 あ、それだけなの。それ以上は聞く気はないようだ。
「お前らをここに呼んだのは、他でもない。どうやら、リッカイが動きはじめたようだぜ」
 リッカイ? 立海? なんか聞いた事あるような気がする……。
 っていうか、なに? いきなり、何か深刻な話になっちゃうわけ……!?


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