● Mr.ダストデビル --- 4. 閉じ込められた ●

「そうそう、
 学食でごはんを食べた後、木陰のベンチでヨーグルトを食べながら、同じクラスの友達の佐奈が思い出したように顔を上げた。
「最近、 と赤也はセフレらしいって噂を時々聞くよ。何かあったの?」
 さらりと言う彼女の言葉に、私は飲んでいた午後の紅茶をむせそうになった。
「はあ?」
「なんか部活で一緒の子から聞いた」
 セフレって! どこまで尾ひれがついてんだ!
「んなワケないじゃん」
 眉間にしわを寄せて言うと、佐奈はおかしそうに笑った。
「だよねー。あ、でもさ、普段クラスでも ってちょっと赤也に対して面倒見いいし、赤也は に怒られながらも甘えてるし、もしかしたらあるかなーってちょっと思った」
「ないよ! なんでそうなるの!」
「いや、なんかもしかして赤也に土下座でもされて、仕方なく、とかさ」
「あるわけないじゃん!」
「ま、 にはかっこいい彼いるもんね」
 その彼ともまだキス以上はしてないってのに、なんでセフレとか噂になるんだ。まったく赤也め。
「……けど、佐奈がそうやってもしかしてって思うくらいなら、他の子も結構、信憑性のある噂だって思ったりするのかな」
 私がつぶやくと、佐奈はヨーグルトのスプーンを舐めながら足をぶらぶらとさせた。
「うーん、かもね。同じクラスでちょっと親しかったら、赤也はバカでガキで乱暴で短気でまったくどうしようもない奴ってだけなのに、よく知らない他のクラスの子は、赤也ってすごいかっこいい! みたいに思ってたりするから、ちょっとの間はアレコレいわれちゃうかもね」
 なんでもない風に言うけれど、本当は彼女も私を心配してのことなんだって分かる。
「まったく、しょうがないなー……」
 この前立ち読みした星占いでは『恋愛運を始め、全般に不調。次々に思いも寄らない困難がやってくるでしょう』なんて書いてあったっけ。こんなことばかり当たるんだよね。


 学校から帰って、いつもみたいに塾に行ったけど、いつもより遅くぎりぎりに行って、そして終ったらいそいで帰った。
 悠樹と顔を合わせたら、何を話したらいいのかわからないし、何を言われるのか、怖かった。
 ゲーセンの出来事から2週間ちかく経つけど、あれから悠樹とかわしたメールはお笑いのテレビ番組のこととか、そんなどうでもいい話ばかり。
 家に帰ってご飯を食べて、お風呂に入る。
 今日は、ローズの香りの入浴剤。お姉ちゃんのコレクションをもらって入れた。普段なら、お姉ちゃんは高い入浴剤くれたりしないけど、私がなんだか落ち込んでいたからか、すごくいいのをくれた。
 頭の芯までしみ込むような甘い香りの白濁したお湯に体を沈めながら、私は自分の気持ちの奥深くへダイビングする。
 私は悠樹とどうしたいんだろう。
 彼がちょっと自分勝手だったり、いいかげんだったりすることは知ってる。それはそれでいいんだ。その他の、面白かったり、面倒見よかったり、そんなとこが好きなんだもの。
 じゃあ、私は何でひっかかってるんだろう。
 湯気の中で大きく深呼吸をした。
 涙が一筋こぼれて、お湯の中に溶けていく。

 私は、大事にされたいんだ。

 そんな一言を心で形にしたら、涙が止まらなかった。
 昔話の王子様がお姫様を大切にするみたいに、私ひとりを大事にして欲しいんだよね。
 そんなの、コドモみたいで恥ずかしい。
 でも、結局私はそんな風に思ってるんだ。
 彼は私を大事に思ってるだろうか。
 彼が私に触れるたびキスをするたび、なぜだかそんなことが頭をよぎって、どうしてもそれ以上先に進めない。
 私のことだけを大事にしてほしいし、他の女の子を見たりしないでほしい。
 そんな風にずっと思ってるのに、言えないんだ。

 大事にされたいなあ。

 ばらの香りのお風呂の中で、私はそんなことをつぶやきながらぐしぐしと泣いてた。

************

「やべー、マジ? 課題提出って今日だった?」
 教室での赤也は相変わらずだった。
「そんなこと言って、ほんとはわかってたんでしょ! 見せないからね!」
 班の女子にさんざん言われっぱなしの赤也。
「マジ、来週だと思ってたんだってば!」
「バカ! 来週なんてもう夏休みじゃん!」
「いや、最近試合でいそがしくてさ!」
 そういえば、テニス部は関東大会なんだっけ。去年全国優勝してるし、今年も優勝狙うんだって言ってたな。けど、私はあんまり興味ない。
 あいかわらずうるさい奴、なんて思いながら雑誌をめくってた。
「赤也、課題なら に見せてもらえばいいじゃん」
 ふと私の名前が出たものだから、思わず顔を上げた。
「そうそう、そうしなよ」
 班の子にはやしたてられ、赤也はちらりと私を見て、ちょっと困ったような顔をした。最近、赤也はあいつなりに気を遣ってなのか、あんまり私からノートを借りたりしないのだ。ほんとバカだな。そんな態度だから、かえって勘ぐられるのに。なんて思ってると、赤也は机からノートとテキストと辞書を取り出して立ち上がった。
「わかったよ、もー頼まねーよ、ブス! 先輩に教えてもらって来る!」
 捨て台詞を投げて教室を飛び出す赤也の背には、もちろん班の女子からの非難の嵐。
「ほんっとムカつく、あのバカ!  、けんかでもしたの? なんか言ってやってよねー」
 あいつの班の女子たちがくちぐちに言う。あーあ、多分、あの噂の半分くらいは信じてるんだろうな、この子たちも。
「知らないよ。私、別に赤也のお母さんじゃないんだからさ」
 まったく、妙に気遣うくらいなら普通にしてたほうがマシだっての、バカ赤也。



 授業が始まって、ぎりぎりに教室に戻って来た赤也をちらりと見て私はため息をついた。
 赤也はいいな。
 バカで何も考えてなくて、いい先輩に結構大事にされて、テニスに一生懸命でさ。
 私、気づいたら、何もないじゃん。
 ここ最近、悠樹とのことばかりに頭を悩ませてる。
 恋の檻に閉じ込められてるみたい。
 恋をして恋人ができたら、すごく新しい世界が待ってるんだって思ってた。
 もちろん経験したことのない楽しいことがあったけど、でも私、もっとなんだか自分がキラキラすると思ってた。
 なのに、彼が他の女の子とつきあってるんじゃないかとか、彼は私を大事に思ってるだろうかとか、そんなことをぐるぐると考えてばかり。
 すごく、つまらない人間になってしまったみたい。
 私が考えてた恋って、檻みたいな閉じ込められるようなのじゃなくて、もっとなんだかわくわくするものだった。
 この気持ちを、一度彼ときちんと話して、それから彼がしたいように触れ合っていけば、私の恋はまた変わってくるだろうか。


 授業が終って、今日は佐奈と雑貨屋に寄って帰ろうなんて話してたら、鞄の中で携帯が振るえる気配。
 悠樹から?
 期待と不安がこみ上げて来てあわてて携帯を取り出すと、メールは赤也からだった。
『部活終ってから、駅裏ローソン』
 予想だにしないヤツからのメッセージに、私は目を丸くした。
「どうしたの 、彼から?」
「え? うん、まあね」
「じゃ、今日のお店、今度にする?」
「ううん、大丈夫、遅くに待ち合わせだからさ」
 適当にごまかして、私たちは学校を出た。
 赤也、一体何だろう。
 もしかして、また何か面倒なことでもやらかした?
 楽しみにしてたはずの雑貨屋巡りも、なんだか落ち着かなかった。
 くそ、これも赤也のせいだ!

Next

2008.1.24

-Powered by HTML DWARF-