A組と合同での体育は、軟式テニスだった。
こういう、自分の番がない時にぼーっと暇してられる体育、大好きー。
もう自分の出番はないし、コートから離れたベンチでだらーっと空を見上げてると、なにやら弧を描いて飛んでくる物……テニスボールだった。
私はぎょっとして、それを避けた方がいいかな、なんて一瞬思ったけど、それは正確なボレーのように、ぽんと私の足元に落ちてきた。
誰かがこっちまでボールを飛ばしてきちゃったんだな、と思いながらそれを拾い上げると……。そのボールにはなにやらマジックで数字が書いてあった。
『ISBN:978-4151300813』
私はその数字をしばし眺めてから、はっと顔を上げてボールの飛んできた方を見渡すけれど、もうボールを飛ばした主はわからない。
軽くため息をついて、ボールをジャージのポケットに入れた。
体育の授業が終わると、私は図書館へダッシュ。
ISBN、つまり図書番号を検索してその本の棚へ足をすすめる。
目的の書架は、海外作品の棚。
図書番号『978-4151300813』の本は、アガサ・クリスティーの『春にして君を離れ』だった。
その本を手にすると、すぐに違和感に気づく。妙に分厚いのだ。
中を開くと、淡いオレンジの薄い包み紙が挟まっていた。
しばらくそれを手にして眺めていると、背後から遠慮がちな咳払い。
「……あなたが、あまりに早く図書館に走るから少々焦りましたよ。ISBN番号一発でたどり着くとは、さすがです」
珍しく呼吸を乱した柳生比呂士だ。
「あのー、これ、私がもらっていいのかな……」
オレンジの包みを手にして言うと、柳生は眼鏡のブリッジを指で持ち上げてスマートに頷く。
「ええ、あなたへの誕生日プレゼントです。本来であれば、私はもう少し余裕を持ってその贈り物を本に仕込み、あなたに送り主を推理させるサスペンスもプレゼントしたかったのですが」
包みの中には、とてもとても上品できれいなレースのハンカチ。まず絶対自分では買わないようなやつで、私はびっくりしてしまった
「わ! すごいかわいいハンカチ、ありがと! あの……でも、サスペンスというか……多分こういうことするのは柳生しかいないと思うから、すぐわかると思うんだけど……。柳生、よくクリスティー読んでるし……」
私が言いにくそうに伝えると、柳生は一歩前へ出た。
「そうですか! あなたには、私のことは何もかもお見通しですか!」
妙に嬉しそうだ。
「いや、お見通しってわけじゃないけど……。あ、そうそう、このボール、さすが柳生、すごいね。すっごい正確に私の前に落ちてきたよ」
思い出したようにポケットからボールを出してみせる。
柳生はふっと笑った。
「本来であれば、あなたのハートに私のレーザービームを打ち込みたかったのですが……」
なんて言う。
「えっ、それはやめて! そんなの死んじゃう!」
柳生のあの強烈なサーブが頭をよぎり、私があわてて言うと、彼はまた嬉しそうに口元を緩めるのだ。
「ええ、そうですよね。私のこのレーザービームをハートで受け止めれば、きっとあなたもとても無事ではいられません」
ハイ、そうです、と相槌をうつべきなのかどうか。
それはどうかわからないけど、目の前の紳士があまりに満足そうなので、私もつられて嬉しくなってくくくと笑ってしまった。
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